林檎に牙を:全5種類
冬の雨は音までも何て痛いものだろうか。
屋内に居ても容赦なく耳へ突き刺さり、冷気が沁み込んでくる。

ただでさえ一人きりの部屋、寒い世界には居たくない。
ヘッドホンで遮断して七海は音楽の中。
ベースを掻き鳴らしながら、いつか流行ったラブソングを口ずさむ。
声が嗄れるまでのささやかな反逆。


ヘッドホンが外されたのは不意の事だった。
爪までトップコートで艶々した七海とは違う、大きな手。

「……秋一、お帰り。」

猫目で見上げながら告げれば、恋人は破顔一笑。
散歩から帰って上機嫌な犬にも似ている。
車で出掛けても、玄関までは傘が無くて髪に雨粒が点々と。
撫でる手で拭う七海はまるで飼い主。

一人でないなら歌は必要ない。
大事なベースを置いて、二人で温まる為に居間へ。


スリッパの中で縮こまっていた爪先もやっと伸ばせる。
炬燵に足を突っ込めば欠伸まで誘われた。
そうして背中を丸めながら、七海は読み飽きた本を開く。

ふわふわの黒いルームウェアも厳しい冬には心強い味方。
フードに三角耳が生えており、猫になれるフリースパーカー。
本来ならレディースだが華奢な七海でも着られる。
自分が人形になる着せ替え遊びは未だ健在。


そのうち派手に湯気を吐き出す電気ケトル。
立腹した駄々っ子にも似ていて、抱き上げる手も慎重に。

こんな寒い日には温かい飲み物が欠かせない。
マグカップ二つに熱湯を注ぐ。
選んだティーバッグは二匹の猫が遊ぶ銘柄。
小袋を破った時から、封じられていた良い香りが鼻先をくすぐる。

カップの中はたちまち琥珀色。
まだ少し淡いうちに一息吹いて、雫で唇を濡らした。
休息する時は紅茶の方が身体を温めてくれる。

デザイナーの仕事は顧客の注文を聞く必要がある。
そうした打ち合わせの際は大抵コーヒー。
きちんと整えた髪に硬いスーツ姿、背筋を伸ばして飲む物。
嫌いではないが、そればかりでは胃が荒れてしまう。


「おやつにしようか、本汚れるから閉じた方が良いよ。」

電子レンジに呼ばれて、トレイを提げた秋一は遅れて到着。
やはり見上げる形では何を温めていたのか分からない。
口振りから察するに手掴みで食べる物か。
そして、何だか懐かしい匂い。

秋一が膝を着いて、考える前に回答は目の前へ。
炬燵に現れたのは熱々の鯛焼き。

紅茶と和菓子は意外と合う物。
琥珀色が濃くなったところで、秋一がミルクを追加。
七海のカップにだけ。


「七海、コレ好きだったよね。」
「鯛焼きは餡子以外なんて邪道やね。」
「うん、知ってる。」
「パーフェクトだ、秋一。」

秋一の手から鯛に食い付いた。
今度は七海が飼われる番、本物の猫になったように。

此方の好みを把握していて、甘やかされて。
精一杯愛されるのは心地良い。
悪戯猫は目を細め、ご褒美のつもりで指先を舐めた。



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2015.02.22