林檎に牙を:全5種類
枯れたようにしか見えない木にも季節は巡って来た。
痩せ細った枝に咲き零れる赤や白。
春を告げる一番手、梅の花が寒々しかった道を彩る。

「もう春だよねぇ。」
「来なくても良いんデスけどね。」

自転車を置いて裏庭から校舎に向かう朝。
青葉がしみじみ呟けば、忠臣は妙に捻くれた返事を一つ。
理由なんて鼻声が物語っている。
此の時期はポケットティッシュを切らすと死活問題。


花粉症気味の忠臣は「春なんか大嫌い」と青臭い事を口にする。
ただでさえ昔から鼻炎持ちなので花粉も恐怖の対象。

マスクは美人に見えるものだと云われるが、それはどうだか。
三白眼の忠臣が顔を覆っていると余計に怪しい。
学ランと相まって、何だか不良漫画に出てきそうな風貌である。
ウサギじゃあるまいに目も少し赤い。


「八つ当たりは承知でも、梅が憎くなる……」
「……何か傷付くな。」

背後からの低音に振り向けば、見知った顔。
不良漫画の登場人物がまた増えた。

「おはよ、梅さん。」

青葉が片手を挙げた相手は花と同じ名前の男子。
同じように指先を閃かせ、梅丸灯也は頷く。

ワックスでくしゃっと癖を付けた髪は毛先がシャープ。
背が高めで運動部らしい細身の筋肉質。
一重の吊り目が硬くて冷たい印象を与える。
梅丸も風邪だか花粉症だか、薄い唇はやはりマスクで隠されていた。

何よりも所持している物が物騒。
袋に入っていようとも、見紛う事なき竹刀。


「で、何処に殴り込みに行くんデスかね。」
「ガラス割りそうだね。」
「部活で使っただけだがね、何でそう物騒な事言うんさ。」

梅丸は袴姿が凛々しい剣道部。
家での練習や試合の度に防具などの持ち運びが大変らしい。
それにしても、柔道部の忠臣は隣なので見慣れているだろうに。
わざわざ口にする辺り意地が悪い。

顧問の黒巣も訛っているが梅丸は更に田舎臭さが強い。
あまり感情的にならないので、からかわれても抑揚の無い声。

きっとそれで丁度良いのだろう。
荒い方便では少し語調を強めるだけで怖そうになる。
黙っていればクールで見栄えするだけ、何だか勿体無い男だった。


裏庭にある自転車置き場から生徒昇降口までは少し遠い回り道。
毎日の事ながら何とも面倒な。

さて、両端には目付きが悪いマスクの男子。
ウサギ耳が生えたパーカー姿の青葉は人畜無害に拍車が掛かる。
第三者からすれば、腰巾着にでも見えるだろうか。
若しくは人気の無い場所へ連行中か。

「望月、何笑ってんきゃ?」
「いや、ちょっとね。」

ついそう思ったら、知らないうちに口許が歪んでいた。
梅丸に指摘されても誤魔化すだけ。
忠臣ほどでもあるまいが、漫画の読み過ぎかもしれない。


その時、不意に大きめのくしゃみ。

梅丸でなければ青葉でもなく。
ああ、道理で会話に加わらないと思ったら。

「……悪い、替えのマスク持ってねぇ?」

ティッシュで拭いながら、俯き加減のまま忠臣が小さく懇願する。
皆まで言わずとも察しがついた。
きっと洟でマスクを汚してしまったのだろう、盛大に。


「うーん、ごめん、ティッシュなら持ってんだけどな僕。」
「……文句言わねぇなら。」

済まなそうにする青葉を横目に、梅丸が鞄からマスクを一つ。
個別包装の袋から引き抜いた新品。
そうして両手で忠臣に触れる。
ただ差し出すだけでなく、装着するところまで。

「梅……ッ、ちょ、耳触んな……!」
「ちっとくれぇ我慢出来ないん?」

歩みも止まって、校舎の陰。
長身の梅丸が屈んで覆い被さるような形になる。

忠臣が顔を顰めてもお構いなし。
耳に掛けないと着けられないが、当人はくすぐったくて仕方ない。
自分で出来ると伸ばす指先も制せられて、されるが侭。
青葉を独り置いてけぼりにして。


そうこうするうちに装着完了。
しかし忠臣は感謝より怒りが勝るようで、梅丸の手を半ば振り解く。
新しいマスクに包まれていても反抗的な表情が判る。

「ったく……、耳はやめろっつってんだろ!」
「態度悪いがね芹沢、折角マスクやったのに。」
「…………ッ!」

睨み付ける忠臣を見て、青葉は肩を震わせた。
とても直視出来ずに目を逸らす。

マスクの代わりに手で顔を覆った、笑いを堪え切れなくて。

自分の顔は見られないので忠臣は全く気付かない。
マスクに鳥の嘴が描かれているなんて。
丁度、口許が黄色くなってどうにも間抜け面。

突き抜けたお洒落か悪戯用か、デザイン性が無駄に高いマスク。
先程の「文句言うな」はこう云う事か、合点が行った。
どうして梅丸はそんな物を持っていたのやら。
訊いてみたいが声が出ない。


「だから青葉……、何で笑ってんデスかね?」
「さぁてな?」

ただ訝しむしか出来ない忠臣に、梅丸は飽くまで冷静。
三月のウサギは気狂い。
そう云う事にしておいても構わない。
鏡を見るか誰かに指摘されるか、爆発するまでの平穏。

またくしゃみ一つ、その拍子に梅の花が落ちる。
掌に舞って春の色。



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2015.03.03