林檎に牙を:全5種類
中学校の南側には道場になっている平屋が一つある。
グランドを挟んで本校舎の向かい、ある意味日常から最も遠い。
部員でもなければ滅多に近付かない場所だった。

畳の柔道と板張りの剣道、部室はきっちり半分ずつ。
年中裸足で戦っていれば皮も厚くなる。
腹から声を張り上げながらそれぞれ熱心に取り組み、隣同士でも別世界。
ただし更衣室は兼用なのでお互い顔くらいは覚える。


畳に腰を下ろして短い黙想、一礼。
柔道は礼儀を重んじる競技なので前後に行う決まり事。

今日も部活を終えて、忠臣は上がった体温に茹だる。
裸の上半身に直接羽織る胴着はあまり汗を吸ってくれない。
もう夕方、帰るにも自転車での運動が待っている。

剣道部は一足先に終わったようで、既にほとんどが着替え済み。
靴を突っ掛けて去っていくジャージの背中すら。
もう残っていないと思っていただけに、男子更衣室の前で忠臣は訝しんだ。
扉の向こうから雨にも似た水音。


「何してんデスかね、梅。」
「見りゃ判るがね、汗流してる。」

空は夕暮れの平和な橙色。
予想していた通り正体はシャワーだった。
此処には、まるで土砂降りの中に居たような梅丸一人だけ。


ロッカーが並んだだけのそう広くない更衣室。
取って付けたように、その小さなシャワー室は存在していた。
防水のカーテンを隔ててタイル張りの空間。
汚れやすい水場にしては、古くても綺麗に保たれている。

それと云うのも、あまり使われていないのが理由だった。
掃除だけは当番が定期的に行っていても。


シャワー室には単純で大きな問題。
給湯器が備わってないので水しか出ないのだ。
溶けてしまいそうな真夏でもなければ裸で飛び込めまい。
真冬など完全に存在を忘れられている。

柔道も剣道も着替えは上から下まで。
濡らしたタオルで身体を拭くぐらいはするが、男子は雑な者も多い。
それすら面倒だと汗臭いままでも平気になってしまう。


「よく使う気になりマシタね、まだ水冷てぇのに。」
「別に、頭だけなら余裕だがね。」

タオルだけでは間に合わず、大粒の雫が体操服のシャツまで濡らす。
防具でがっちり固めていれば蒸れて仕方ない。
我慢出来なかったようで、シャワーの雨に打たれた結果。

ワックスのセットもすっかり落ちて、漆黒より明るい梅丸の髪。
それは夕陽に透けている所為だけでない。
一束摘まんでみせれば赤毛も混じっているくらい。
下の学年に金髪の男子が居るので目立たないが、此方も本物。

どうせなら、大きくなったら真っ赤に染めたいと言っていた。
ランドセルを背負っていた昔の話。
その「大きく」はいつの事やら、身長はもう大人の癖に。


胴着を脱いだらもう自由。
梅丸と忠臣を気に留めず、他の部員達は帰り支度で忙しい。
それもそうだと自分も帯を解いた。
鞄にも図書室で借りてきた本がある、早く家で続きを読みたい。

「で、芹沢は浴びないんきゃ?」

カーテンを開かれて、空いたばかりのシャワー室。
梅丸に問われた忠臣は少し面食らった。
皮肉を投げ掛けたつもりなのだが、伝わってなかったのだろうか。

それにしても、今のシチュエーションは誤解を招く。
ベッドを共にする前の男女じゃあるまいし。


「お前プール通ってたがね、水冷たいの慣れてっと思った。」
「そんなん昔の話デスよ。」
「あぁ、もう肌鈍ったん?」
「おい、オレが貧弱みたいに言わないでくれマスかね。」

腕を引く、冷たく濡れた梅丸の手。
すっかり骨張った指先が氷を思わせて忠臣は背筋が震えた。

しかし挑発的にも感じて聞き捨てならず。
あまり表情を変えない梅丸は、故意か無意識か読めないまま。
意地を見せても良いだろう。
短気な忠臣はそうして釣られ、濡れたタイルを踏みしめた。


裸の胸や肩にシャワー室は寒々しかった。
下は胴着のズボンなので水が跳ねても明日まで干せば良い。

「うぁ……ッ!」

前屈みのまま俯きながら、手探りで蛇口を捻る。
降り注ぐシャワーに思わず一声漏れた。
頭から水を被ると、全身に冷気が回って熱が消えてしまう。
勢い余って水圧が少し強すぎた、もう充分。


「はい、お疲れさん。」

忠臣が背中を丸めながら抜け出すと、梅丸からタオルを渡される。
余裕ぶって受け取っても温かさがありがたかった。

其処に居たなら、先程の小さい悲鳴も聴かれただろうか。
黙ったままからかいもせず、故に彼は判り難い。
青葉だったら笑い話にしてくれるのに。


「おぉ、今日の芹沢は輝いて見えるがね。」
「ずぶ濡れなだけデス。」

夕陽を弾くシャワーの雨粒。
青春の淡い色は肌を流れ落ちて、やがて消える。



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2015.03.06