林檎に牙を:全5種類
最寄駅から坂道が多くて少し歩き疲れてしまった。
剥き出しの脚に温泉が沁みて、青葉はゆっくり湯船に沈んでいく。

淡い榛色の濁り湯は、檜の広い浴槽に似合う優しい空間。
体育座りで浸かれば身体を隠し、水面から覗いた膝しか見えなくなる。
湯気が立ち込めて、暖かで何だかぼんやりしてしまう。
無心のままで居ると夢の中を錯覚する程。


不意に水音が跳ねて、青葉は思わず目を開けた。
隣で入浴していた忠臣の所為。
タオル片手に丸めた背中を向け、のそのそと立ち去る。

「オレ、露天の方に行ってくる。」
「ごゆっくり。」

忠臣がガラス戸を開くと、流れ込んだ風は青葉の肌を冷たく包む。
身震いして肩まで埋まりながら見送った。
露天風呂の周辺はあまりに深い緑で囲まれて、山の中。


近場の温泉なら街中にもあるが、こうして遠出するのが醍醐味。
週末を使って、青葉と忠臣はたまに日帰り旅行をする。

青春とは何かと無謀自慢。
運動部で体力のある二人、本当なら自転車を飛ばしても良いのだが。
方向音痴の青葉と一緒なので忠臣が苦労してしまうのだ。
迷子になった前科もある為に信用されてない。

しかし、そこは持ちつ持たれつ。
長く電車に揺られていると、活字中毒の忠臣は本を読み出す。
乗り過ごさないように時間や現在地を把握しておくのは青葉の役目。

そうして今日は温泉街に辿り着いた。
賑やかな場所で遊ぶのも良いが、ゆっくりするのも大事。




男の入浴はそれほど長くない。
充分に温まった青葉はロッカーを開けて、ボクサーに足を通す。
上は濡れた素肌にパーカーを羽織るだけ。
水が滴る髪にフードを被っていたら、忠臣が眉を顰めた。

「青葉、濡れたまんま着たら冷えマスよ?」
「いやいや忠臣、コレはバスローブ代わりだから良いんデスよ。」

忠臣の口調を真似たら、本人から苦情が出た。
似ている自信があったのに。

タオル地のパーカーはバスグッズ。
厚手なので水や汗を吸ってくれて、湯上りには丁度良かった。
服を着るまでリラックスタイムのお供。


床一面に敷かれた籐カーペットが裸足に気持ち良い。
ちょっとした休憩室も兼ねた脱衣所は身支度の手が止まる。
此処は老いも若きも揃って、薄着で無防備。
牛乳瓶を横に置いて腰掛ければ、つい長居してしまう。

浴室では緩み切っていた思考も少しクリアになる。
ふと意識するのは、身体の違い。

「お前、足デカイな……」

見下ろす忠臣が青葉と比べながら溜息混じりに呟く。
手足のサイズと身長は比例する。
小さかった頃は大差なかったのに、そんな意味が込められて。


身長なら忠臣もまだ伸びるだろうが、それだけでない。
三年間の部活で体格差は確かに際立っていた。

スポーツ全般が得意な青葉はバスケ部。
腕や脚なら筋肉で締まっていても、意外と腹は薄かった。
柔道部の忠臣は肩や胸が頑丈になったが、まだ痩せている方である。
昔は骨と皮だったので筋肉で太くなった分だけ丁度良い。


ベリーショートの髪は濡れてもあまり変わらない。
首からタオルを下げ、Tシャツとジーンズの軽装で忠臣が自販機に向かう。
瓶の牛乳からジュース、アイスまで選び放題。

汗で余計な水分が流れてしまった身体。
そう云えば、そろそろ冷たい物が恋しくなってくる。
小銭入れを掴んで青葉も後を追った。
温泉と云えば牛乳にも惹かれるところだが、炭酸が良い。

サイダーもご当地限定品はある物。
自販機にレトロなラベルを見つけて、どうしても気になった。
小銭と引き換えに細身の瓶が転がり出る。


早速、蓋を握って捻る青葉の手が固まった。
緩みもせず全く動かない。
逆方向かと思って試しても無駄に終わる。
栓抜きを使わないと開かない、なんて類でもなし。

困り果てていたら、横から瓶が抜き取られる。
渡ったのは忠臣の手。

「貸してみなサイ。」

そこから先は大袈裟に言えば魔法。
あんなに固かった蓋は忠臣が数回捻っただけで泣き別れ。
焼けるような音で泡が弾けて、サイダーが零れる。


「キャー、忠臣逞しいっ!」
「裏声出すんじゃありまセン。」

大量の砂糖が溶けた炭酸水はベタつく。
滴る雫を舐め取りながら、苦笑する忠臣から瓶を突っ返された。
鍛えているのは伊達じゃない。
そう証明された気がして、青葉はわざと道化になる。

負けた事を認めるのは、やはり少しばかり悔しさが混じる。
お礼のつもりで忠臣にもサイダーを一口分けた。
一気に煽って、青葉の中にある複雑な気分を洗い流す前に。


illustration by ういちろさん



*クリックで応援お願いします

にほんブログ村 BL・GL・TLブログ BL小説へ
にほんブログ村


小説(BL) ブログランキングへ

スポンサーサイト

2015.03.11