林檎に牙を:全5種類
金曜日の夜は、いつも夕飯を共にする事からデートが始まる。
そのまま週末を拓真のアパートで過ごす流れ。

「なぁ、本当に全部食うのか?明日の朝の分も残しておいた方が……」
「明日は明日の食事を楽しめば良いんですよ。」

遠慮がちに訊ねたら、遼二からそう切り捨てられた。
卓袱台にはコーンスープと野菜のオムレツ、それからパンの山。
メニュー自体は朝向きでも量は確かに夜。

焼き立ての匂いに誘われ、今日は駅ビルのパン屋に寄ってきたのだ。
夕方の来店は商品も減る頃だが好みの物は幾つか残っていた。
食事なのでボリュームのある総菜系が中心。
二人とも甘い物が欠かせないので、菓子パンも勿論幾つか。


「……ん?」
「何、どうかしました?」

三角形のサンドイッチ、先を齧った拓真が思わず唸った。
スープを一口、隣の遼二も此方を向く。
問題は、赤い苺が春らしいフルーツサンド。
抱いた疑問を確認する為に真っ白な食パンの合わせ目を開く。

そうして剥がしてみて苦笑してしまった。
斜めの切り口にしか苺は並んでおらず、ほとんどホイップが塗られているだけ。
此れではただ甘ったるいだけのクリームサンドである。

「駅ビルでお客多いからって胡坐かいてるんじゃねぇか、あのパン屋……?」
「僕は保志さんが心配になりましたよ、こんな詐欺に引っ掛かって。」

食パン2枚に対して、薄くスライスされた苺が1つ分だけでは少なすぎる。
高価なので出し惜しみした結果だろう。
遼二の方は「詐欺」とまで言うついで、さりげなく拓真を貶す。
余裕で他人事を決め込んでいる辺りが忌々しい。


専門学校でも製パンの授業があり、生徒になると口にする日が毎週ある。
今の遼二と同じように拓真も一年生の頃そうだった。

洋菓子和菓子と違って、手で学ぶのはほぼ成形技術だけだが。
ボウルに材料を放り込んで捏ねるのはミキサー任せ。
発酵も焼成も、温度さえ設定すれば機械の中で勝手に育つ。

熱々のうちは確かに美味いが、幾らでも入る訳じゃない。
何しろ胃袋には許容量がある。
フランスパンを3本も持ち帰らされた時は実に困ったものだ。
ただでさえ堅いのに同じ物ばかりでは飽きるし、食べ切る前に石化した。


そんな日々を過ごしても食生活に根付いて、たまに食べたくなる。
しかし好みに合うパン屋はなかなか無いものだ。
大抵のスーパーに行けば小さな店舗が入っているくらい沢山あるのに。

今回の件で駅ビルのパン屋は評価が下がった。
馴染みと云えば学校近くにも店はあり、近所の女子校からも客が来ている。
其処は健康志向だそうで野菜を使った商品ばかり。
評判が高い菓子パンは砂糖控えめ。
軽食としても手に取りやすいが、甘党には少し物足りなかった。


「あぁ、あのお店ってスレンダーな美人店員が居ますよね。」

拓真が学校近くのパン屋を話題にしたのは、ほんの雑談のつもり。
すると遼二は予想外の点に食い付いた。

同性愛者と女嫌いは全く別。
若い男らしく、美人が居れば気に留めるくらいはするそうだ。
学校の友達同士でそうした話にもなるのだろう。

だからと云って、どう返せば良いのやら。
曖昧に濁す事も出来ないまま恋人の拓真は複雑な表情。

「んー……まぁ、ベーグルは駅ビルのパン屋の方が好みですけどね。」

そうして、何でもないような顔で遼二は話題を変える。
取り留めない事ばかりを喋っているのは上の空である証か。
今、頬張っているパンの方が大切と。
ベーグルの欠片を口に押し込む様を、拓真はただ見送った。


不満があるなら言えば良い、ご尤も。
けれど口では勝てないのでどうも臆病になる。

折角の二人きりなのに、無言での夕飯は何となく味気ない。
拓真はそれきり会話の糸口を掴みかねていた。
食べ物を口に突っ込んで、咀嚼が忙しくなったのを理由に黙る。

オムレツを平らげた遼二は次のパンに手を伸ばす。
ハムに卵、野菜がはみ出るくらい詰まったサンドイッチ。
苺で詐欺にあった後なので拓真には目の毒。
しっかりと得な物を選んでいる辺り、要領が良い。


「……んっ。」

サンドイッチで塞がった口、遼二が妙な声を上げた。
先程の拓真と同じように。

何が起きたか見ればすぐ分かる。
噛み付いた拍子、押されて下から出てきてしまったのだ。
支えていた手で堰き止められてもソースは容赦なく溢れて来る。
指の間から零れ、皿に滴る赤い水玉模様。


「あー、中身は多けりゃ良いってもんでもねぇな……」
「また極端ですよねぇ、皮肉だか何だか。」

顔を見合わせて、思わず小さく笑う。
薄っすらと立ち込めていた気まずさも自然に消えた。
解体してしまったサンドイッチは諦め、皿で受け止める。
このままフォークで食べた方が良さそうだ。

遼二だって手がべたつくままでは不便。
ウェットティッシュを渡したが、受け取りは待ったが掛かる。
ソースで汚れた指を舐め、拓真の唇にも触れてきた。

「辛ッ!」

赤はトマトでなく唐辛子の色。
舌先で初めて判って、慌てて拓真はスープで消火した。
悪戯を仕掛けた当人は満足げに笑うだけ。


「保志さん、赤いのが欲しかったんでしょう?」
「そんな気遣い要らねぇよ……」

口直しにキスされて、大人しく受け入れておいた。
刺激で熱くなった気がする。
後になって唇が腫れたら遼二の所為だ。


楽しみが萎んだ落胆も、ちょっとした不運も。
パンで挟んで食べてしまえ。



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2015.03.14