林檎に牙を:全5種類
「ちょ、花住坂さん早まらないで!」

緊迫した声が空気を裂いて、進之介は思わず跳ね上がった。
勢い良く包丁を振り被ろうとした都来を止める和磨。
刃で狙いを定めた先には、真っ赤な物。
それこそ血で染まったような。


まるでサスペンス劇場の一幕だが、そんな物騒な事は無い。
調理実習は教室の席で分けられる班と同じ。
料理に関して壊滅的な都来が居ると、毎回進之介達は苦労した。

可愛いエプロン姿の女子達に思春期の男子は心躍るものなのに。
こうして、別の意味でもドキドキさせられるのだ。

今日の課題は林檎と蜂蜜のバターケーキ。
混ぜるだけで簡単なレシピだが、包丁を使うので嫌な予感はあった。
都来は林檎に何の恨みがあるのだか。
一刀両断しようとするにしても、気合が入り過ぎ。


ただでさえ不器用な都来に刃物を持たせるのが間違い。
そして包丁は進之介の手に渡った。
失敗しなければ学べないが、流血沙汰は避けるに限る。

「良いよ、林檎は俺が剥くから……」
「はーい、お母さんっ!」

元気良く返事した都来の横、俯き加減に和磨が吹いた。
「お母さん」と呼ばれるのも無理はない。

都来が愛らしいピンク、和磨はミントとチョコレートのチェック柄。
皆揃って持参のエプロンで様々な色彩。
そんな中で進之介だけ、昭和の香り漂う真っ白な割烹着。

祖母や母親に借りた訳ではない。
家で料理をする際、元から進之介の愛用品は此れなのだ。


林檎の用意をしておく他にも、下準備はまだ材料の計量がある。
お菓子作りはキッチンスケールと睨めっこ。
目盛りさえ見ていれば大丈夫だろう、後は鈴華に任せる事にした。

「都来さん……、料理に関しては自分自身を信じないで。」
「りょーかい、自分を信じず鈴華ちゃんを信じるよ。」

やれやれと女子二人を見送った進之介が包丁を握り直す。
空いていた方の手は、和磨の腕を取った。

「和磨、お前は林檎剥くの手伝え。」
「昕守君てば、さっきの「お母さん」で笑われたの根に持ってない?」

林檎は皮を剥いて八割りの後、薄いイチョウ形にスライス。
生地に混ぜ込むまでは塩水の中で待機。
進之介一人で取り組む任務にしては不平等である。
計量なら女子だけで充分、和磨まで楽な方に逃げられて堪るか。

もう1セットの包丁とまな板、それから林檎も。
進之介が和磨の前に用意してやると観念したようだった。
果実に刃が立てられ、砂を噛むような音が二つ。


食に対して強いこだわりを持つ進之介は、家でも台所に立つ。
下手な外食より自分で作った物の方が美味い。

和磨を引っ張り込んだのは、負担を押し付けられるのが嫌なだけの話。
林檎の皮剥き自体は朝飯前だった。
斜めに寝かせた刃を滑らせて、手の中で転がす果実。
清々しい香りを立てながら赤いリボンがゆっくり解かれていく。

林檎が白い裸身を晒し切るまで、もう少し。
ふと気になって和磨の方を見た。
すると進之介とは全く違う形になっており、思わず手を止める。


「和磨……お前、丸く剥くの出来ないんかい。」
「僕が不器用みたいに言わないでよ、こっちの方が楽だし良いでしょ。」

和磨の取った順序でも間違いではない。
最初から八割りにして、くし形の林檎を縦に剥く方法。
リボンも短くて済むので確かに簡単か。
元から彼も手先が器用な方なので、楽々とこなしている。

「何だかなぁ……」

それを目にしたら、何となく進之介は気が抜けてしまった。
薄く綺麗に剥く事には自信があったのに。

別に丸くなければいけない訳でも、速さを競っていたのでもない。
得意だった事がただの「手段」にしか過ぎないと。
そう思ったものだから、僅かに複雑な気分も混ざってくる。


進之介の溜息はもはや癖。
どうやら無意識で表情の方にも出てしまっていたらしい。
逸早く察するのはやはり和磨。
くし切りを軽く弄った後、此方に向き直る。

「それにさ、コレならこーゆーのも出来るし。」

眼前で赤い耳が跳ねた。
指先に摘ままれていたのは、林檎のウサギ。

そうしてウサギの頭が進之介の唇に触れてくる。
熟れた蜜で濡れたキス。
こうなっては引っ込みがつかない、欲に勝てず歯を立てた。

製菓向きの果実は酸味が強い。
固い素肌を噛み締めると、目が覚めるような瑞々しさ。


「なぁ、つまみ食いって不味いんじゃ……」
「此れくらい減ったって大丈夫だよ。」

声を潜めてから、口を開けた和磨がウサギを一羽。
彼もまた共犯となった。

林檎の花言葉は「誘惑」だったか。
皆より一足先に味わってしまった果実は何とも甘酸っぱい。
蜂蜜で舌が溶けるケーキになる筈だったのに。
自分と彼と、口を噤んで呑み込んだ秘密。



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2015.03.16