林檎に牙を:全5種類
細々と続いている果実シリーズ、カップル編は一通り書いたのでコンビ編も。
まだ寒い日もあるので冬の名残で一つ。
炬燵蜜柑を書こうと思ったら、パッと浮かんだのが此の二人だったり。

遠雷と瑠夜は割と仲良い方だと思います。
瑠夜が嫌味っぽい事言っても、遠雷はちゃんと会話してくれるかと。
寒さが早く訪れても暖かさは遅い、山奥の季節。
4月を迎えても冬の象徴は居間に堂々と存在していた。
大抵「主」が居る事は、知っていたけれど。

「……っぐ!」

遠雷が足を入れた瞬間、妙な感触と低い声。
あ、と思うが早いか、正体が姿を現した。

炬燵の向こう側、陰鬱な黒髪と瑠璃色の眼。


「……あの、痛いんですけど?」
「悪りィ。」

恨めしげに睨まれて思わず謝ってしまう。
しかし、瑠夜に気付かなかったのは仕方あるまい。
ただでさえ小柄な彼が、首だけ出して隠れていたのだ。
向かい側など遠雷にとって全くの死角。
寒い時期、此処は瑠夜のお気に入りの場所なのである。

まぁ、気持ちは解かるけれど。

通常の物を横に並べたような二倍程度の長方形。
大所帯なので、人数を考慮して此処ら一体では珍しい大きさ。
流石に共同生活の全員では無理でも。

掘り炬燵式になっているが、足元は火ではなく電気。
肩まで潜ろうと何も危険も心配も無いのだ。

「蜜柑でも食うか?」
「いただきます。」

提案はお詫びと云う訳でもないが、存外素直に瑠夜が頷いた。
一度入ると出られなくなるのが炬燵の魔力。
蜜柑の為に再び重い腰を上げる。
台所まで向かう遠雷の足に、先程よりも床は冷たい。


早々と戻って、両手を塞ぐ蜜柑を台の上へ転がした。
丸い橙色は止まらずに幾つか床まで逃げる。
炬燵布団を滑って降って来た一つ、瑠夜の手が捕まえた。

「乱暴に扱わないで下さいよ……」

此方も適当に謝って、再び布団を捲った遠雷が背中を丸める。
外気どころか果実も冷たいので指先まで凍ってしまった。
硬い芯が溶けていくような、心地良い温もり。
内部に満ちた赤い光がじわじわ沁みる。
冬が終わらない場所、此処だけは春よりも暖かい。


掘り炬燵式の内部は一段低くなっており、腰掛ける形。
向かい合わせでも脚が絡む事もない。

ついでに目線も交わらなかった。
手の中で蜜柑を転がし、花が開く形に剥かれる表皮。
視界の端、橙色を咲かす相手の指が見えるだけ。

綺麗に花弁を揃えているのは瑠夜。
あまり器用と云えない遠雷の方は、すぐに千切れてしまう。
決して無闇に力を込めている訳でもないのだが。
台の上、零れ落ちた皮の破片が散る。


一連の作業中、遠雷が無言なのは巧く行かないからではない。
台所からずっと咥えていた、銀のスプーン。
蜜柑を剥き終えて両手も空いた。
やっと口から引き抜けたので、有り付く事が出来る。
自分用のヨーグルト、一つ。

プリンかアイスクリームが好ましかったが、贅沢は言えない。
容器の蓋を捲り、薄皮を除いた蜜柑をヨーグルトに。
スプーンで掬い取った一口は、二種類の甘酸っぱさが美味。

「瑠夜も食うか?」
「はい、ではお言葉に甘えて……」

蜜柑とヨーグルトが載った、スプーンの先。

遠雷が差し出しても瑠夜は食い付かなかった。
向こう側から腕を伸ばし、果実一切れに真白を浸けて口へ運ぶ。

「何だよ、食わせてやるっつってんのに。」
「遠雷さんのスプーンじゃないですか……」
「変な意味なんか無ぇよ、別に?」
「そうですけど……流石に、ずっと咥えてた物なんて嫌です。」


温い空気の中で会話は始終淡々と。
取り止めも無く、感情も然して起伏が見えず。

本当は物を食う必要も、寒さに震える事も無いのだ。
両者共に肉体の滅びた幽霊。
だけど、確かに存在しているのだと感じる、今。
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2011.04.01