林檎に牙を:全5種類
宿題の無い春休みは、毎年のように暇だ暇だと時間を持て余す。
つい暖かさでぼんやりしがちな日々。
それでも今日ばかりは時計を気にしながら足を進める。
ジャケットの裾を翻して、都来は玄関から飛び出して行った。

梅、桃、と花をつけて冬はいつの間に息絶えたのか。
陽光と青空がとても優しい真昼。

そうして待ち遠しく思い浮かべる、クローゼットの中。
春から袖を通すのは着古したセーラー服ではない。
高校の入学式までに桜は順調。
新しい黒のブレザーは、きっと薄紅によく映えるだろう。


証書を受け取り、学び舎に別れを告げたのは先日の事だった。
楽しかった分だけ卒業式は涙腺が緩む。
けれどいつまでも惜しんでばかりもいられず、新生活にも胸が躍る。

それに、何も今生の別れではないのだ。
優も鈴華も同じ高校に進学するし、他の友達とも連絡が取れる。
今日だって複数で一緒に出掛ける約束。
重いコートを脱いだ身は軽く、都来のステップが弾む。


「おお~、鈴華ちゃんお懐かしい!」
「あら、都来さんお久しぶり。」

待ち合わせ場所までの中間地点。
目的地が同じなら途中で顔を合わせる事もある。
見慣れた後姿に元気良く声を掛ければ、鈴華が振り返った。


家でのんびりしているうちに時間は過ぎたとは云え、ほんの一週間ぶり。
再会の言葉が大袈裟になってしまったのは単なる悪ふざけ。
そうして顔を見合わせ、小さく笑った。
涙ながらで別れた訳でもなし。

中学に続いて高校も制服はモノクロ。
校外で同級生に会うと、私服姿が尚更華やかに見えるものだった。

鈴華は紺色のニットカーディガンにレースを重ねた白いワンピース。
都来も春らしい桃色のパーカーとデニム。
カジュアルながら、黒いジャケットで全体を引き締めて甘すぎず。
女子同士はこうしてファッションを愉しめるから良い。


そして細かい所にも目が届く。
興味の幅が広く、変化に対して都来は割りと敏感。
いつも通り談笑する最中、疑問は言葉に。

「あっれ……、鈴華ちゃん耳どうしたの?」

烏濡れ羽の髪は絡まる事を知らず、一纏めにしたりするのは稀。
せいぜいハーフアップにして結ぶ程度。
そんな訳で鈴華はあまり首筋を晒したりしない、今日だって。
それでも光の粒を都来は見つけた。

指差した先、左耳にだけ小さなガラス玉。
ピアスだと気付いた時には思わず鼓動が跳ねた。


「え~っ?!あったし全然知らなかった、いつから?!」
「そうねぇ……、最近よ。」

声を上げる都来に、鈴華は微笑一つだけ。
また曖昧な回答ではぐらかされてしまったものである。
その「最近」の定義が広すぎるのだ。

高校生になるので鈴華なりの気分転換だろうか。
セーラー服の間は無かった筈、と思っても絶対とは言い切れず自信無し。

いや、もしかしたら今まで気付かなかっただけかもしれない。
忍び寄ってきた春と同じように。
いつの間にか移ろっていき、別の物になった後で驚かされる。
確かに近くに居て見ていたのに。


歩みを進めるうち、住宅地から街に近付いてきた。
人通りも店も増えて活気付く。
そんな中、華奢な指先がピアスを撫でて鈴華が再び口を開く。

「でも、まだ他の子に此の事は秘密ね……、3月いっぱいは中学生だもの。」
「あぁ、流石に校則じゃ禁止だしねぃ。」
「都来さん内緒にしといてくれるかしら、ジュース奢るわ。」
「あ、じゃあアップルサイダーが良いな!」

何も考えず釣られるまま返事してしまって、契約成立。
自販機ならすぐ傍にあるのだ。
しかし髪で目立たないとは云え、本当に鈴華は隠す気があるのやら。
口止めしたって見られたらそれまでなのに。


ガラス玉を発見してからどうも都来は調子が狂い気味。
何となく、他の話題も浮かばない。

「いつ」から「どうして」に質問を変えようとして、やはり呑み込んだ。
お洒落だと言われたら、納得せざるを得ず。
子供でもない限りピアスに理由なんて要らないのだ。

ピアスを開けている人なんて幾らでも居るのに。
今だって洒落た恰好の若者に囲まれているのだ、一人二人の話でない。
それこそ炭酸の泡を数えるようなものだろう。
何も鈴華だけが特別じゃない。

小柄でも年齢より大人びて艶っぽい空気を持つ。
真新しく穿たれた、儚い光。
もう鈴華の一部となって彼女を輝かせる。


「鈴華ちゃん……、ピアス似合ってるよ、すっごく。」
「ありがとう。」

それだけ交わして、二人はサイダーで乾杯した。
一足遅れてしまった賛辞。
髪型や服の事なら、もっと素直な言葉になっていたのに。


卒業しても変わらないと思っていた。
それは気の所為、いつまでも同じではいられない。

事実は都来の胸に刺さって、静かに疼く。



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2015.03.19