林檎に牙を:全5種類
ミディアムショートの黒髪を梳く時は念入りに。
アイシャドーで彩った瞼に、長い睫毛はマスカラで濡れた色。

ワインレッドのカットソーは胸元に生成りのレース。
クリーム色のキュロットに、レギンスで更に引き締めた細い脚。
恰好の方は既に女の子なのだ。
それに合わせ、華のある顔立ちを描き直している最中。

名前と同じように中性的な容姿の七海は、女物が大層よく似合う。
男物を着ている時は同性にしか見えないのに。

「呪文一つじゃ簡単に出来ないんやね、変身は……」
「いや、急ぎじゃないし大丈夫だよ?」

パウダーをはたきながらの呟きは、「まだ掛かる」の意味。
傍らで大人しく待つ秋一は慌てず返答した。


デート前、家で鏡に向かう七海はこうなると準備が長い。
道具一式を引っ張り出して化粧が必須。
凝り性なので、ただ纏うだけの女装では不完全なのだと許さないのだ。

別に世間の目を誤魔化す為でもない。
秋一と二人で歩いていたって、可笑しな目で見られる訳でもなし。

男物でも女物でも、七海がどの服を選ぶかは気分次第なのだ。
衣装によって立ち振る舞いまで別人。
今しがた彼が言い表したように「変身」なのだろう。


身体一つでよく此処まで遊べるものだ。
変身の過程も含め、ただ見ている恋人は感心してしまう。

人並み以上の大きな身体に、煙草で掠れて低い声。
顔立ちは甘いが何処から見ても男。
そんな秋一からすれば、七海の変化は尚更不思議に思えた。

女物を着たいなんて考えた事は無いけれど。
ただ、服の選択肢が広いのは羨ましい。

何しろ此方はLサイズの男物に袖が通らない事もあるのだ。
肩幅が広い所為で、多少伸びる素材のTシャツでも余裕が無くなる。
秋一が好むのはアメカジスタイル。
可愛らしい色のネルシャツを羽織っても、男の匂いを持つ。


そうこうしているうちに、化粧も最終段階。
猫目を細めながら七海がリキッドリップを選び取る。
裸の唇に、小さなブラシでローズの艶。

「その色可愛いね、七海に似合ってる。」

秋一の賛辞に、薬指で修正しながら七海が笑った。
濡れた薔薇色は三日月を描く。

男に対して可笑しな言葉だったかもしれない。
けれど心からの素直な気持ち。
事実、華やかなリップは七海と釣り合っていた。


「じゃあさ……、秋一も塗ってみる?」

七海の問い掛けられて、面喰ってしまった。
何を企んでそんな事を言い出すのやら。

リップの小瓶を置いたら出発だとばかり思っていたのに。
ジャケットを掴んで立ち上がろうとしても、引き寄せられる。
座り込んだままの向かい合わせ。

「え、あの、僕は必要ないって……」
「遠慮すんなって。」

身体を押さえ付ける訳でもなく、飽くまで軽い物言い。
それでも、秋一はいつも逆らえないのだ。
色付けられた七海の猫目には愉しげな光が宿っている。
悪戯を思いついた少女めいた表情。


女同士の恋人なら、こんな遣り取りもするだろうか。
男である事を切り離せない秋一はふと考えた。

化粧が魔法だとするならば、リップは魔女の七つ道具。
瓶詰の薔薇色はそれくらい幻想めいて見えた。
本当は必要が無い、縁遠い筈の品。

距離を詰められて、鼻先に化粧品の甘い匂い。
細くてしなやかに硬い腕が回される。
間近でも七海は綺麗だと感じた。
恋人の欲目だけでなく、丁寧に磨かれた美しさ。


そうして絡み合った吐息には微熱。
甘い気分で今日最初のキス。
濡れた唇が、薔薇色のスタンプを秋一に重ねる。

ああ、そう云う事か。
七海が口にした「塗ってみる?」の意味。


「出来た出来た……秋一、可愛い。」

口移しだけでの色塗りは難しい。
はみ出した部分を拭い取って、細い薬指は紅に染まる。
其処にもキスを落として七海が微笑んだ。
達成感を以って頷きながら、何とも満足げに。

誉められたって秋一本人はどうすれば良いのやら。
少しべたつく唇でぎこちなく笑みを返す。

鏡は七海の手元で伏せられたまま。
自分で自分の顔は見れず、如何なっているやら分からなかった。
ただ、薔薇色をお裾分けされた事だけは確か。
女の部分が何一つ無いので似合うとも思えないにも関わらず。


すぐに洗い落とさず七海の好きにさせていたら悪化。
携帯を秋一に向けて、無遠慮にシャッターまで切られてしまった。
いい加減、調子に乗るにも程がある。

「ちょ、何で撮ったりすんの?!」
「んー……、キスした証拠写真?」

秋一が慌てたってほとんど無意味。
小首を傾げて、可愛らしい仕草を作りながら七海は悪びれず。
元から怒ってないので気が抜けてしまう。

唇に触れてみたら、生々しい感触はまだ鮮やかに。
リップ越しのキスはいつも心音を速める。


デート前、ただでさえ掛かる準備時間は延長。
靴を履いたら今度こそ開演。
美女に化けた青年は、舞台の出番を待っている。



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2015.03.22