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ミディアムショートの黒髪を梳く時は念入りに。
アイシャドーで彩った瞼に、長い睫毛はマスカラで濡れた色。
ワインレッドのカットソーは胸元に生成りのレース。
クリーム色のキュロットに、レギンスで更に引き締めた細い脚。
恰好の方は既に女の子なのだ。
それに合わせ、華のある顔立ちを描き直している最中。
名前と同じように中性的な容姿の七海は、女物が大層よく似合う。
男物を着ている時は同性にしか見えないのに。
「呪文一つじゃ簡単に出来ないんやね、変身は……」
「いや、急ぎじゃないし大丈夫だよ?」
パウダーをはたきながらの呟きは、「まだ掛かる」の意味。
傍らで大人しく待つ秋一は慌てず返答した。
デート前、家で鏡に向かう七海はこうなると準備が長い。
道具一式を引っ張り出して化粧が必須。
凝り性なので、ただ纏うだけの女装では不完全なのだと許さないのだ。
別に世間の目を誤魔化す為でもない。
秋一と二人で歩いていたって、可笑しな目で見られる訳でもなし。
男物でも女物でも、七海がどの服を選ぶかは気分次第なのだ。
衣装によって立ち振る舞いまで別人。
今しがた彼が言い表したように「変身」なのだろう。
身体一つでよく此処まで遊べるものだ。
変身の過程も含め、ただ見ている恋人は感心してしまう。
人並み以上の大きな身体に、煙草で掠れて低い声。
顔立ちは甘いが何処から見ても男。
そんな秋一からすれば、七海の変化は尚更不思議に思えた。
女物を着たいなんて考えた事は無いけれど。
ただ、服の選択肢が広いのは羨ましい。
何しろ此方はLサイズの男物に袖が通らない事もあるのだ。
肩幅が広い所為で、多少伸びる素材のTシャツでも余裕が無くなる。
秋一が好むのはアメカジスタイル。
可愛らしい色のネルシャツを羽織っても、男の匂いを持つ。
そうこうしているうちに、化粧も最終段階。
猫目を細めながら七海がリキッドリップを選び取る。
裸の唇に、小さなブラシでローズの艶。
「その色可愛いね、七海に似合ってる。」
秋一の賛辞に、薬指で修正しながら七海が笑った。
濡れた薔薇色は三日月を描く。
男に対して可笑しな言葉だったかもしれない。
けれど心からの素直な気持ち。
事実、華やかなリップは七海と釣り合っていた。
「じゃあさ……、秋一も塗ってみる?」
七海の問い掛けられて、面喰ってしまった。
何を企んでそんな事を言い出すのやら。
リップの小瓶を置いたら出発だとばかり思っていたのに。
ジャケットを掴んで立ち上がろうとしても、引き寄せられる。
座り込んだままの向かい合わせ。
「え、あの、僕は必要ないって……」
「遠慮すんなって。」
身体を押さえ付ける訳でもなく、飽くまで軽い物言い。
それでも、秋一はいつも逆らえないのだ。
色付けられた七海の猫目には愉しげな光が宿っている。
悪戯を思いついた少女めいた表情。
女同士の恋人なら、こんな遣り取りもするだろうか。
男である事を切り離せない秋一はふと考えた。
化粧が魔法だとするならば、リップは魔女の七つ道具。
瓶詰の薔薇色はそれくらい幻想めいて見えた。
本当は必要が無い、縁遠い筈の品。
距離を詰められて、鼻先に化粧品の甘い匂い。
細くてしなやかに硬い腕が回される。
間近でも七海は綺麗だと感じた。
恋人の欲目だけでなく、丁寧に磨かれた美しさ。
そうして絡み合った吐息には微熱。
甘い気分で今日最初のキス。
濡れた唇が、薔薇色のスタンプを秋一に重ねる。
ああ、そう云う事か。
七海が口にした「塗ってみる?」の意味。
「出来た出来た……秋一、可愛い。」
口移しだけでの色塗りは難しい。
はみ出した部分を拭い取って、細い薬指は紅に染まる。
其処にもキスを落として七海が微笑んだ。
達成感を以って頷きながら、何とも満足げに。
誉められたって秋一本人はどうすれば良いのやら。
少しべたつく唇でぎこちなく笑みを返す。
鏡は七海の手元で伏せられたまま。
自分で自分の顔は見れず、如何なっているやら分からなかった。
ただ、薔薇色をお裾分けされた事だけは確か。
女の部分が何一つ無いので似合うとも思えないにも関わらず。
すぐに洗い落とさず七海の好きにさせていたら悪化。
携帯を秋一に向けて、無遠慮にシャッターまで切られてしまった。
いい加減、調子に乗るにも程がある。
「ちょ、何で撮ったりすんの?!」
「んー……、キスした証拠写真?」
秋一が慌てたってほとんど無意味。
小首を傾げて、可愛らしい仕草を作りながら七海は悪びれず。
元から怒ってないので気が抜けてしまう。
唇に触れてみたら、生々しい感触はまだ鮮やかに。
リップ越しのキスはいつも心音を速める。
デート前、ただでさえ掛かる準備時間は延長。
靴を履いたら今度こそ開演。
美女に化けた青年は、舞台の出番を待っている。
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アイシャドーで彩った瞼に、長い睫毛はマスカラで濡れた色。
ワインレッドのカットソーは胸元に生成りのレース。
クリーム色のキュロットに、レギンスで更に引き締めた細い脚。
恰好の方は既に女の子なのだ。
それに合わせ、華のある顔立ちを描き直している最中。
名前と同じように中性的な容姿の七海は、女物が大層よく似合う。
男物を着ている時は同性にしか見えないのに。
「呪文一つじゃ簡単に出来ないんやね、変身は……」
「いや、急ぎじゃないし大丈夫だよ?」
パウダーをはたきながらの呟きは、「まだ掛かる」の意味。
傍らで大人しく待つ秋一は慌てず返答した。
デート前、家で鏡に向かう七海はこうなると準備が長い。
道具一式を引っ張り出して化粧が必須。
凝り性なので、ただ纏うだけの女装では不完全なのだと許さないのだ。
別に世間の目を誤魔化す為でもない。
秋一と二人で歩いていたって、可笑しな目で見られる訳でもなし。
男物でも女物でも、七海がどの服を選ぶかは気分次第なのだ。
衣装によって立ち振る舞いまで別人。
今しがた彼が言い表したように「変身」なのだろう。
身体一つでよく此処まで遊べるものだ。
変身の過程も含め、ただ見ている恋人は感心してしまう。
人並み以上の大きな身体に、煙草で掠れて低い声。
顔立ちは甘いが何処から見ても男。
そんな秋一からすれば、七海の変化は尚更不思議に思えた。
女物を着たいなんて考えた事は無いけれど。
ただ、服の選択肢が広いのは羨ましい。
何しろ此方はLサイズの男物に袖が通らない事もあるのだ。
肩幅が広い所為で、多少伸びる素材のTシャツでも余裕が無くなる。
秋一が好むのはアメカジスタイル。
可愛らしい色のネルシャツを羽織っても、男の匂いを持つ。
そうこうしているうちに、化粧も最終段階。
猫目を細めながら七海がリキッドリップを選び取る。
裸の唇に、小さなブラシでローズの艶。
「その色可愛いね、七海に似合ってる。」
秋一の賛辞に、薬指で修正しながら七海が笑った。
濡れた薔薇色は三日月を描く。
男に対して可笑しな言葉だったかもしれない。
けれど心からの素直な気持ち。
事実、華やかなリップは七海と釣り合っていた。
「じゃあさ……、秋一も塗ってみる?」
七海の問い掛けられて、面喰ってしまった。
何を企んでそんな事を言い出すのやら。
リップの小瓶を置いたら出発だとばかり思っていたのに。
ジャケットを掴んで立ち上がろうとしても、引き寄せられる。
座り込んだままの向かい合わせ。
「え、あの、僕は必要ないって……」
「遠慮すんなって。」
身体を押さえ付ける訳でもなく、飽くまで軽い物言い。
それでも、秋一はいつも逆らえないのだ。
色付けられた七海の猫目には愉しげな光が宿っている。
悪戯を思いついた少女めいた表情。
女同士の恋人なら、こんな遣り取りもするだろうか。
男である事を切り離せない秋一はふと考えた。
化粧が魔法だとするならば、リップは魔女の七つ道具。
瓶詰の薔薇色はそれくらい幻想めいて見えた。
本当は必要が無い、縁遠い筈の品。
距離を詰められて、鼻先に化粧品の甘い匂い。
細くてしなやかに硬い腕が回される。
間近でも七海は綺麗だと感じた。
恋人の欲目だけでなく、丁寧に磨かれた美しさ。
そうして絡み合った吐息には微熱。
甘い気分で今日最初のキス。
濡れた唇が、薔薇色のスタンプを秋一に重ねる。
ああ、そう云う事か。
七海が口にした「塗ってみる?」の意味。
「出来た出来た……秋一、可愛い。」
口移しだけでの色塗りは難しい。
はみ出した部分を拭い取って、細い薬指は紅に染まる。
其処にもキスを落として七海が微笑んだ。
達成感を以って頷きながら、何とも満足げに。
誉められたって秋一本人はどうすれば良いのやら。
少しべたつく唇でぎこちなく笑みを返す。
鏡は七海の手元で伏せられたまま。
自分で自分の顔は見れず、如何なっているやら分からなかった。
ただ、薔薇色をお裾分けされた事だけは確か。
女の部分が何一つ無いので似合うとも思えないにも関わらず。
すぐに洗い落とさず七海の好きにさせていたら悪化。
携帯を秋一に向けて、無遠慮にシャッターまで切られてしまった。
いい加減、調子に乗るにも程がある。
「ちょ、何で撮ったりすんの?!」
「んー……、キスした証拠写真?」
秋一が慌てたってほとんど無意味。
小首を傾げて、可愛らしい仕草を作りながら七海は悪びれず。
元から怒ってないので気が抜けてしまう。
唇に触れてみたら、生々しい感触はまだ鮮やかに。
リップ越しのキスはいつも心音を速める。
デート前、ただでさえ掛かる準備時間は延長。
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2015.03.22 ▲
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