林檎に牙を:全5種類
週末の夜、拓真と遼二は一日に二度ずつ湯を浴びる。
身体を洗う為と、汗を流す為。
情交の前と後では目的が少し変わってくる。


ドライヤーが唸る声が止んで、浴室のスイッチが軽快な音で切り替わる。
遼二も二度目のシャワーが済んだらしい。
見なくても分かる、閉じたドアの向こうでの出来事。
リビングでビールを啜りながら寛ぐ拓真はただ待っていた。

別に聞き耳を立てている訳じゃない。
住宅地にあるアパート一帯は、夜になると静かで平和。
こんな微かな音すら響かせるくらい。

実質、ほんの数歩隔てただけの距離なのだ。
そうして遼二もリビングに現れた。
長袖Tシャツにルームウェアのロングパンツ。
バスタオルをすっぽり被り、ふわふわ頭は隠れてしまっていた。


ボリュームが落ちて直毛になった遼二はいつも別人の顔になる。
ただし、濡れたままならの話。

タオルを外さないのは、ドライヤーの後は更に膨らんでしまう所為。
それこそ頭に小動物でも飼っているようだ。
もっと髪が長かったら結ぶ事も出来たろうけれど、女子じゃあるまいし。


「あ、僕にもビール……」
「未成年は駄目だって言ってんだろ。」

拓真のビール缶を欲しがる遼二から、手の届かない所へ置き直した。
それに、喉が渇いているのは本当かどうか。

欲望を吐き出した後、底から熱くなった拓真は汗の玉を浮かせる。
身体中に霧を吹いたように水分を失う。
一方、遼二は寝床でも体温に変化があるように見えなかった。
顔を歪めて泣く事はあっても身体を濡らすのは涙ばかり。
真夏なら兎も角まだ肌寒い今の時期は。


同じ行動であっても個性が表れて、習慣が出来るもの。
最初の入浴で遼二はシャワーだけ。
比べて二度目は髪も洗い、時間を掛けて湯船に浸かる。

待ち切れない、なんて可愛い理由は口にしない。
早く済ませて自分の時間が欲しいのだ。
確かに色事を好む方なのだが、面倒には変わりなし。
準備と休息では濡れるのも大違い。


手元から遠ざかったところでビール缶は潔く諦めたらしい。
代わりに遼二は冷凍庫から棒付きバニラアイスを一本。
袋を破って咥えると、拓真の横に腰を下ろす。

果実に花に、バスグッズの香りは様々。
湯上りの遼二はラベンダーを咲かせて出てくる。

洗い立ては男も女も芳しい。
二人とも髪質が全く違うので、効果に合わせてシャンプーも別。
ラベンダーの泡が残した香りが鼻先に纏わりつく。
清涼感を伴った柔らかい甘さ。


ビールにアイスクリーム、それぞれ冷たい物で喉を潤す一時。
温まった身体にはよく沁み通る。

すぐ隣り同士に座り込んで、距離なんて拳一つ分。
それにしても先程から遼二が顔を見せないのが気になっていた。
深く被ったタオルの陰になって、今はどんな表情やら。
拓真が横目で窺ってみても視界に届かない。

ビールを分けなかった事を根に持っているのかもしれない。
考えすぎと思いつつも、ついそんな事が過ぎる。


「保志さん、悪戯しちゃ駄目ですよ。」

タオルの端に触れてみたら、遼二がやっと口を聞いた。
まるで飼い犬か何かを窘める口調ではあるが。

「構ってほしいならそう言えば良いでしょうに。」
「何だよ、駄々っ子相手するみたいに……」

こうして遼二は此方に向き直る。
まだ顔を隠したままで、相変わらず視線は交わらず。
返事に苦笑が混じっても現状は変わらない。


放したビールの缶が卓袱台を軽く叩き、自由になった拓真の手。
改めてタオルを掴んでも今度は嫌がらなかった。
そのまま引き上げたら、遼二の黒目が眼鏡越しに見上げてくる。
出方を計らって、ただ真っ直ぐと。

「……花嫁のベールみたいだよな、此れ。」

ああ、と拓真の中で合点が行ったのは、其の時。
タオルを装備した遼二に対し、何かに似ていると思っていたのだ。
ほろ酔いの所為か言葉は簡単に零れ落ちた。


恥ずかしい事を言ってしまったものだが、もう遅い。
面食らった後でしっかり遼二に笑われた。

「じゃ、誓いのキスでもします?」
「軽いな、お前……」

笑ってくれるだけ気は楽になったが、やはり火照る。
暫くビールは控えるべきかもしれない。
失態の照れ隠しで、拓真から遼二の唇を塞いでおいた。
バニラのグロスで何とも甘ったるいキスか。

冷たく濡れた髪にも指先を潜り込ませた。
絡む香りは、ラベンダー。



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2015.03.25