林檎に牙を:全5種類
泳ぐ雲に時折遮られながら、陽光を降り注ぐ空の下。
全身の機能が活発になる感覚。
思わず伸びをしたら、小腹が空いていた事を思い出した。

懐も寂しくない、少し歩けば軒を連ねる店。
選択肢は色々あるけれど。

「ドーナツが良いです。」
「洒落たモン食うのな、俺ラーメンしか浮かばなかったわァ。」

遼二の提案に、一ノ助は感心した声で返す。
そんな事もないと思うのだが。
チェーン店なんて何処でもあるし、客層も老若男女問わず。

そうして赤いロゴでお馴染のドーナツ屋へ。
ラーメンが良いと言った割りに一ノ助はごねもせず。



「チビの頃、此処ってパン屋の一種だと思ってたンだよな俺。」

店名に「ドーナツ」と入っているだろうに。
そもそも、大きすぎる一ノ助が小さい頃とは何だか想像しがたい。

入店すればもう列の始まり、セール中だけに客が多かった。
まだ空っぽのトレイに、しっかりと構えたトング。
確かにパン屋と同じシステムか。
並ぶドーナツに目移りしつつ、納得して緩く頷いておいた。


此れは遼二の方もエピソードを明かす流れ。
しかし纏わる思い出なんてあったろうかと記憶を探っても。

「僕は、両手で数える程度しか食べた事なかったです。」
「あァ、親が歯医者だから甘ェモン駄目なんだっけか?」
「袋一杯に買った時は取り上げられそうになって、喧嘩になりましたよ。」
「そりゃキレるわ、俺ならキレる。」

抑圧は暴走の始まり。
規制されていた分、自由が利く今になって必要以上に糖分を欲する。
思い出したら苛々も蘇るが、気持ちを切り替えねば。
折角のドーナツが美味くない。


五つまでと数を決めてから、遼二はトングの先を伸ばした。
フォンダンが掛かっている程度の素朴な味が好み。
蜂蜜風味なら尚結構。

中身が詰まった物が一つくらいあっても良いか。
最後に選んだのは、クリームパイ。

ところで、前に並んでいる一ノ助の方は何にしたのか。
視線を投げてみればチョコレート系が二つ。
もうレジの順番が来る、今日はやけに少ないと思っていると。

「あと、担々麺も一つ!」

店員に追加注文して、一ノ助は財布から札を取り出した。
ああ、やはり麺類の未練が断ち切れてなかったか。
そう云えば飲茶も取り扱っている店だった。
此処なら両者の欲求に応じてくれる、最初から丁度良かった訳だ。



「そんなに食べられるんですか?」
「食えるから注文したンだろ?」

遼二が怪訝に訊ねても、一ノ助には首を傾げられるだけ。
途中で満腹になっても知った事ではないので、もう黙ろうと決めた。
ドーナツだけなら持ち帰れるのだし。

空調の効いた店内は既に満席で騒がしい。
日焼けを気にする必要もないので、テラス席に腰を下ろした。
見上げれば相変わらず良い天気。
澄んだ青空にふわふわの白い雲、まるでクリームソーダ。

テーブルに揃ったドーナツとラーメン丼。
一見すれば何とも可笑しな組み合わせである。

遼二がドーナツを選ぶ前で、一ノ助は真っ赤な担々麺を啜っているのだ。
細かな飛沫を跳ねて唐辛子と胡麻の香り。
スープが陽光を乱反射するものだから何だか眩しい。

常にそよぐ風で空気が洗われていくので別に良いけれど。
店内だったら匂いが籠って、きっと微妙な心持になっただろう。


「大河……、汗凄いですよ。」

食べ始めてから暫し経過、見かねた遼二は一声掛けた。
鞄から探ったウェットティッシュを渡すほど。

ただでさえ陽射しに灼かれているのに、唐辛子で熱が上がる。
辛い物好きは我慢勝負になりがち。
いや、甘い物も平等に食べるのでそこまでと云う訳でもないのだろう。
火を吹きそうになっても構わず麺を搔き込む。

一ノ助の額から鼻に浮かんできた汗の粒。
短髪の頭まで濡れているのが判る。


ウェットティッシュを差し出しても「置いとけ」のジェスチャー。
必死な様は何だか可愛く見えてくる。
一ノ助がどれだけ耐えても、遼二の方は至って涼しげ。

悠々とドーナツを一つ食べ切って次はクリームパイ。
軽く齧っただけで崩れる、狐色に焼けた断層。
カスタードの甘さが舌に蕩ける。
一ノ助と遼二では、トレイの向こうは全くの別世界。

ただし、中身の詰まった食べ物は注意が必要。
飛び出したクリームが遼二の指を汚す。


「なァ、ソレ舐めて良いか?」

卵色で染まった人差し指も味わおうとした時だった。
不意に掴まれた手首。
流れる汗もそのままに、一ノ助が縋ってくる。

返事も待たず、口に運ぼうとする仕草。
一時でも甘さが欲しいのだと。

「……駄目です。」

渾身の力でも一ノ助から振り解けたのは奇跡。
クリームの指を奪い返した。
そうしてウェットティッシュで拭き取れば、もう取られない。


「えェ?酷ェなァ、目の前で友達が困ってンのに。」
「大河が辛い物選んだんでしょう、自分で。」

冷水を飲み干した後の文句なんて知らないふり。
このくらいで一ノ助だって恨まない。
甘い物ならチョコドーナツがある、その為に買ったのだし。

鼓動を隠して遼二は渋い顔。
嫌ではない、けれど触れて欲しくなくて。

パイを落としそうになって、慌てて握り潰してしまった。
どうか動揺の証だと気付かれませんように。
散らばった欠片を払えば、風に舞って花弁を思わせる。
やがて空に消えていく物。



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2015.04.03