林檎に牙を:全5種類
4月は爽やかなイメージと裏腹に曇り空が多い。
桜も昨日の雨に打たれて散り際。
窓から見上げた枝に、もう紅い芯を残すばかり。

寒々しい陽気なので、今は詰襟の暖かさがありがたい。
欲張るならもう一枚着込みたいところだが。
上下真っ黒な学ランは、つい先日に袖を通したばかり。
先月まで小学生だった青葉の身体には大きめ。

「忠臣とお揃いって何か妙な感じだよねぇ。」
「制服なんだから当たり前デスよ?」

制服が緩いのは忠臣も同じく。
開いた本から視線だけ投げて、再び読書に戻る。

それもそうだ、彼だけでなく学校の男子全員が同じ恰好。
今だって、周囲に散らばる皆が漆黒。
本の世界に浸ったり談笑したり、古い紙の匂いが生徒を包む。
放課後の図書室は閉館時刻までゆっくり長居出来る。


雲が厚くて薄暗い日は屋内に引っ込みがち。
忠臣に付き合って、帰る前の寄り道。

まだ部活見学も始まっていない放課後は暇だった。
青葉はバスケ、忠臣は柔道。
希望なら決まっているのだ、別々になれば新しい関係も築くだろう。
そのまま離れるつもりもなく寂しくもない。
ただ一緒に過ごす時間が減るのは確かで、思うところがあると云うか。


忠臣は気付いているのだかいないのだか。
座り込んだまま読書に忙しくて青葉の事は放置。
一度ページを開いたら、いつもそちらに集中してしまう。

図書室が宝の山に見えているのだ。
舞い上がってしまう気持ちは解からなくもない。

小学校よりも格段に広く、古い割りには綺麗に保たれていた。
読者の年代が違うので本のジャンルも様変わり。
絵本が減って、小難しい文学や名作漫画、ラノベなどが並ぶ。
活字中毒の忠臣が退屈せず済みそうだ。


暖房も効いているので過ごしやすい。
一面にカーペットが敷かれた床、靴下の爪先を伸ばす。
それにしても、何もしていないと眠くなってくる。

ふざけて忠臣に寄り掛かってみたら、苦い顔を返されるだけ。
睨まれても慣れ切ってしまって怖くない。

「青葉も本読めば良いだろ、何しに来たんデスか?」
「んー、読みたいのが無い訳じゃないけどさ。」

本選びは直感勝負。
此の辺りにあるタイトルはあまり惹かれなかった。
少し移動して探そうかと、腰を上げると。


「アオバ?可愛い名前ですね。」

不意に降って来た、知らない男性の声。
笑みを含んで軽々と。

学ランとセーラー服で誰もが黒い中、一人だけ青。
ブルーグレーのスーツ、ネクタイは紺地に白のドット柄。
冷たい印象の筈なのだが、決して暗くなかった。

王林中学校の司書は他の教員に比べて随分と若い男性だった。
場違いな華やかさすら感じる程。
声を聴かなければ長身の女性とも一瞬見紛いそうになる。
艶のある黒髪に、猫目を細めた綺麗な顔立ち。

「笑ったりしてすみません。僕、名前がアオイだから一文字違いだなと。」

そうして、青葉に会釈をしてから付け足す。
丁度お互い手も空いている時。
初めて口を利いたし、折角だからと再び座り込んで話し込む体勢。


「望月青葉、です。7月生まれなので初夏の季語で。」
「あぁ、やっぱり下の名前なんですね。苗字でも居るのでどっちかなと。」

各教室には担任や責任者の名札がある。
確かに、図書室の前にも「軽海 碧」と記されていたか。
ミドリかアオイか読み方の判別つかず、密かに疑問だったのだ。
後者と知って青葉は納得して小さく頷いた。

エメラルドグリーンなら南国の海。
それより、何となく彼が思わせるのは深海だった。
騒音を呑み込む静寂に、光が差した色。


学校に整った顔立ちをした若い優男が居るのだ。
女子達も黄色い声を上げそうなものだが、意外と行儀良くしている。
少しでも良く見られたい乙女心か。
軽海はそんな不思議な雰囲気を持っていた。

まだ入学して日は浅いが、いつ来ても静かな図書室は居心地が良い。
小学校の頃なんて悪戯盛りの下級生と一緒。
言っても聞かない子だって居るので、時には動物園になってしまった。

「忠臣が苛々しないで済みそうで良かったなぁ、って。」
「自分じゃなくて友達の為なんですね……、本当に仲が良いようで。」

軽海は花弁が咲き零れるように微笑む。
女子なら見惚れるところだが、何処となく意味深に。

ああ、指摘されて初めて気付いた。
忠臣と行動を共にするのが馴染み過ぎていて。
何しろ怒りの沸点が低い奴だ。
青葉が動じず平穏を保っていても、あちらは黙ってない。
時には厄介事も起きるのに、距離を置かず今日まで続いてきた。


「もう少しで閉館時刻ですから、貸し出しは早めにお願いしますね。」

そう伝えると、軽海は受付カウンターに帰っていく。
青葉に朧げな何かを残したまま。

背後で一つ、本を閉じる音。
そこだけは忠臣の耳にも伝わっていたようだ。
借りていくらしく、棚に戻さず三冊ほど抱えて立ち上がる。

「図書室は本読むところだろ、何話してたんデス?」
「……青の違いについて、かな。」

沈黙を一瞬置いてから、青葉の返答はそれだけ。
忠臣が眉根を寄せても後は無言。
鞄で軽く背中を叩いて帰宅を急かした。
出入り口脇のカウンター、三日月の唇で軽海が待っている。



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2015.04.10