林檎に牙を:全5種類
抱えた果実は丸々と蜜を含んで食べ頃。
拓真の腕から一つ逃げる。
そうして転がり落ちた台の上、受け止めたのは遼二の手。

「蜜柑じゃないんですね、炬燵なのに。」
「風物詩だけどな。」

最近、曇りばかり続いて雨で更に冷え込む。
こんな寒い日には炬燵から出られなくなってしまう。
背中を丸めたまま、遼二は果実で遊ぶ。
陽溜まりを思わせるオレンジ。

表皮から香り立つ酸味。
淡い筈なのに、確かに誘われた。

台の上に築いたオレンジの山。
遼二の隣へ腰を下ろして、自由になった手はナイフを掴む。
ごつごつした皮に刃を立てた。
ゆっくりと回せば、熟れた果肉が色鮮やかに現れる。


マーマレードを作る過程で面倒なのは下ごしらえ。
オレンジは皮剥きが欠かせないのだ。
一つならすぐ済んでも、抱え切れない数では嫌気も差す。

ただ食べるだけなら手でも剥けるのに。
光沢と厚みのある皮は硬いが、拓真の力なら造作も無し。
どうせ切らないと煮込めないのだ。
均等に細かくするなら、最初から刃物を使った方が良い。

それに一人の作業ではないのだし。
ジャムを報酬に遼二も手伝い、炬燵で揃って皮剥き。


安物でも切れ味は上々。
玩具のようなナイフでオレンジは裸にされていく。
簡単に千切れる程やわではない橙色の帯。
解かれていくたび、閉じ込められていた香りは強くなる。

コックコートを羽織る日々だけあって両者ともに器用。
義務的な態度ながら遼二も集中体勢。


野菜も果実も、そのまま齧り付ける物とは限らないのだ。
厨房に立つ上で皮剥きの機会は意外と多かった。
時にはナイフで間に合わない事も。

面倒でも下ごしらえをしないと始まらない。
美味い物の為に苦労は付き物。

製菓講師の端くれなら、さぞ見事なナイフ捌きを披露すると思うだろう。
しかし正直な話、拓真はあまり皮剥きが得意でなかった。
そうでなければ遼二に助っ人なんて頼まない。

刃物を使う際は静かな呼吸で慎重に。
手が滑って、うっかり流血した事だって二度三度。
果汁が傷に沁みる激痛ときたら。
あの時はレモンだったので、思い出すだけで冷や汗。


ナイフの扱いに関しては遼二の方が上手。
速度こそ変わらないが、薄皮を傷付けず綺麗に。

指先を蜜まみれにしている拓真とは違って。
ところどころオレンジは身を切られ、鮮血の代わりに溢れてくる。
手から肘まで伝って濡らしてしまう。

「……あの、保志さん一応プロですよね?」
「下手とか言わなくて良いからな……、分かってる。」

まだ第一のステップなので、瓶詰にするまでの道のりは長い。
早く済ませたくて少し雑になりがち。
教える立場なので意地もあり、比べてみると見劣りする。
もっと丁寧にすれば遼二のように出来ない訳でもないけれど。


それにしても蜜の行き先が気に掛かる。
流れ落ちる様がくすぐったいような、べたついて少し気持ち悪いような。

作業中は袖を捲っているのでシャツが汚れる心配はない。
拓真の太い腕、筋肉に沿って一直線に。
張り詰めている時、雫に撫でられるのは何だか落ち着かず。

甘いオレンジの香りは誘惑。

いよいよ口腔に唾液が溢れてきた。
舌で受け止めたくて、思わず喉が小さく鳴る。


「切り終わっても、保志さんは手を洗っちゃ駄目ですからね。」

手を止めないまま遼二は言葉を投げる。
すぐにでも水場で洗い落としたいところなのに。
何故、と拓真が訊ねる前に返答は一つ。

「舐めたいの我慢してるんですから、僕。」

今度こそ刃先が滑りそうになった。
いつもしている事、情交の一幕を思い起こさせて。

痛みを感じても間一髪。
慌てて持ち直したので、指まで切れずに済んだ。
傷が出来ても結果は変わらないか。
蜜も血も甘く、きっと遼二の舌を愉しませるだけ。



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2015.04.14