林檎に牙を:全5種類
誕生から半月後。
丁度、場面も春なので今のうちに書かなくては…

配布元alkalism様より。
注ぎ込まれる情報量の多さは、許容範囲を容易く越えてしまいそうになる。
見知らぬ環境に投げ込まれたのだから仕方ない。
此方の都合など無しに突然に。
神経が疲れようと、進之助は一つ一つ消化していくしか出来ず。
調子を狂わされるばかりでも此処に来て早数日。

田舎の時間は幾ら緩やかな物であっても、確かな足取りで流れている。
誰にも止められる事など不可能なのだ。


今は何時?

「人間の君が死んでから八十年近く後。」

此処は何処?

「空風ノ郷の春永山。」

俺は誰だ?

「昕守進之助。僕の最高傑作の人形だけどねぇ、今は。」

ああ、やはり、最後は聞かなければ良かったかもしれない。
至って淡々と答えるのは和磨と名乗った龍。
進之助の魂が宿った石を核に人形を作り、新たな身体として与えた。



濃い緑で埋め尽くされる春永山も今は薄紅の季節。
一面に咲き零れる花など、遠くからでも香りすら感じられそうな光景である。

降り注ぐ陽射しは飽くまでも穏やかに。
今日のように晴れた日は、窓の小さい部屋の中も暖かい。
本来なら上着も要らないくらいなのだが、進之助には手放せなかった。

陶磁器の身に纏うのは、袖や裾に紋様が走る群青色のパーカー。
長身の彼が着ても身体の線が隠れる大きさ。
瞼と口は開閉するようになっているものの、筋肉が無い顔は無表情になる。
フードを深く被っていれば、人形とは見破られない。
それ程までに精巧な作りをしている。


新たに目覚めてから、既に半月以上が経過。

気付けば、進之助は身体の使い方に慣れ始めていた。
球で繋がった陶磁器の塊。
姿も感覚も生きていた頃に似すぎた、魂の入れ物。


見知らぬ環境に投げ込まれた、と云うのは適切ではなかったかもしれない。
正確には、進之助にとっての馴染みの世界が無くなっていたのだ。
気付いた頃に過ぎ去っていた月日は数十年。
人や人の作る物は日々変わり続けているのだ、同じである事は許されずに。

ならば、進之助はただ受け入れるしかない。

嘆いても意味はない、仕方ない、解かっている。
抗えない事実なのだから。
そう自分に言い聞かせ、全てを諦める事には慣れているのだ。



「けど……、なぁ……」

進之助が具体的に困っている事態、は此処での過ごし方だった。
最初こそ戸惑う新生活も、一度慣れてしまえば日常になる。
眩暈がする程の退屈。
深刻なまでに、遣る事も遣るべき事も無いのだ。

生理現象から解放された身体は欲求を持たない。
眠る必要は無い、物を食える構造にはなっているが、身にならない。

湯呑みを満たす紅茶に視線を落とす。
飲めるし味も解かるが、結局は腹の中のタンクに注がれるだけ。
物を食う事は"生きる"と云う意思表示。
ならば、何の為に進之助の分があるのだろうか……


何らかの目的があって蘇らせた訳では無い、と和磨は言った。
作るまでが愉しみだから、完成品は要らないとでも?

製作者の和磨と云えば、一日中ほぼ工房に篭もりきり。
そうして作り出される無数の人形。
進之助のように自由意志など持たずとも、生きた人間に近い。
まるで血が通っているかのような質感の陶磁器。
それこそ、ばらばらの腕や脚ですらも。

眺めていると進之助は複雑な気分になってしまう。
此れらの一つに過ぎないのだ、今の自分もまた。
客観的になる事で、虚無感に覆われてしまいそうになる。


「何て言うんだろうな……、此の虚しさ。」
「生きてる頃だって似たような物抱えてたくせに。」
「お前が俺の何を知っているってんだよ……」
「え?大体の事なら。」

お決まりの台詞だったのだが、和磨の返事は予想外。
進之助が呆気に取られている間。
軽く咳払い一つの後、開かれた薄い唇から言葉が綴られる。

「昕守進之助、出身地は都。名家の一人息子として生まれる。
 両親を早くに亡くし、幼い頃から跡取りとして厳しく育てられて……
 都を震撼させた急性の伝染病を患ったのは十八歳の時。
 大量に及ぶ死者のうちの一人として短い生涯を閉じる、だろう?」

何も言う事が出来なかった。
そして進之助が思い出す感覚は、忘れられる物などではない。


最初こそ風邪としか思えなかったのに。
発症からたった半日で、進之助の世界が地獄に変わった。
病魔に気付いても既に遅く、其の間にも見えない速度で巡る。
自分の物とは思えぬ程の高熱で重くなった身体。
のた打ち回っても、苦痛からは逃れようがなかった。
やがて指一本動かす事すらも侭ならず。

そうして気絶に近い眠りで息を引き取り、意識は闇の中。

「都で伝染病が流行ったのは随分と昔の話だしねぇ。
 確かに一国の中心部だけに人が密集した場所だから、被害も大きかったよ。
 でも今じゃ治療法も見つかっているし、決して怖い病気じゃない。
 当時の事を覚えている者も……、人間の場合、寿命は僕らより短いし。」

意味するところは、最後まで言わなくても解かる。
子供ですら老年になってしまうような歳月だ。


「それはそうと、君の生きてた頃って随分退屈そうだよねぇ。」
「逆だっつの、忙しくて暇持て余すような時間なんか全然無かったし。」
「今は暇なんだから何かしてみなよ、趣味くらいあるでしょ。」
「あー……、華道、茶道……くらいか?でも、此処じゃな……」

進之助の歯切れが悪くなるのも仕方あるまい。
道具どころか畳の部屋すらも無いのだ。
和磨達が住居を兼ねている此処は、会社のような物だと聞いた。

緑が生い茂る、エスニック調で纏められた人形工房。

どの部屋もチョコレート色の板張りに、穏やかな橙の灯り。
暗い黒檀家具と眼を射る鮮やかな色彩の布。
微かに香が焚かれ、東洋的な異国情緒に酔わす空気が満ちていた。

昔読んだ、魔法のランプや四十人の盗賊が出てくる話を思い出す。
絵本でしか見た事の無かった世界。
文化まで変わり果てたかと思いきや、此の場所が特別なだけらしいが。


「華道に茶道ねぇ……それ、花嫁修業?」
「違ぇよ!堅い家だから昔から強制的に……」
「で、君自身は?したい事とかやってみたかった事とか無いの?」
「……え……?」

何でもないような和磨の発言が、妙に重く感じた。
心臓の無い胸をざわつかせる。

今度こそ、何も言う事が出来ずに。



人間として生を受けてから、家柄の為に耐えてきた様々な事。
将来から全て決められ、何もかもを諦め、そうして育ってきたのだ。
我慢する必要が無くなった今は自由。
なのに思い出せないのだ、自分が本当は何を望んでいたのか。


いや、元からそんな物など無かったのではないだろうか?


大きく変化を遂げた状況、注ぎ込まれる大量の情報。
受け止める為の器には、"自分"と云う名を持つ。

取り残された物の形が見えなくなった。
受け皿を失って、ただ注ぎ込まれていただけの物が溢れ出す。
行き場が無くなれば奔流。
洪水となって、疑問の渦を巻き起こす。


俺は誰だ?
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2011.04.14