林檎に牙を:全5種類
「もしもし軽海さん、学校で卑猥な文章書くのはやめてくれマス?」

潜めた声でも、受付カウンターの中では確かに響く。
本の貸し出しに来た生徒が居なくて良かった。
尤も、忠臣だってそこを踏まえた上での発言だろうけれど。


図書室から切り取られた空間には三人。
パソコンに向かっている軽海と、その背後に立つ忠臣。
事情は何となく察しが付いた。
今まで鉛筆で遊んでいた青葉だけ、何となく取り残された気分でも。

司書教諭の軽海は、仕事の合間に趣味で小説を書いているそうだ。
忠臣と青葉くらいしか知らない内緒事。

どんな内容かなど教えてくれないし、二人も騒いだりせず。
ただし画面がうっかり見えてしまう事も。
軽海だって、本気で隠す気があるのだか無いのだか。

「今さっき、学校であるまじき単語が見えマシタよ……」

やや渋い顔で口を噤む忠臣から、青葉は軽海の方へ視線を移す。
そんなに過激な物でも書いていたのやら。


「思春期丸出しで飛びつかない辺り、真面目ですね芹沢君。」
「うん、忠臣はそこが取り柄です。」

感心する軽海に、そこは青葉も頷いておいた。
若い頃の興味は寝ても覚めても色事。
形振り構わずに暴走してしまう場合だってあるのに。
目を輝かせるなら兎も角、眉を顰めるのは男子中学生として如何なものか。

「いや、そうデスけどね?顔見知りのエロって、ちょっとキツい……」
「そうだね。忠臣が産卵プレイとか読んでたとしたら、僕なら本閉じちゃうな。」
「おい、例えでもやめろ……、オレそんなん読んだ憶え無い。」
「そうだよ、例えだってば。僕、忠臣の部屋でエロ本漁った事なんか無いでしょ?」

家が近所の幼馴染同士なので、よく遊びに行く仲。
お互いの部屋も勝手知ったると云った所。
そんな中で箪笥の一番下が怪しいとは前々から怪しんでいたのだ。
思うだけ、青葉は指摘もしなければ暴いたりもしない。


返答に忠臣はいまいち納得してないだが、置いといて。
苦情を受けた割りに、軽海は笑っているだけ。
目付きの悪い相手でも所詮は中学生、少しくらい棘で刺されたって平気か。

「ちょっと話逸れたけど、誤魔化されマセンからね?」
「いやいや、気分を害したならすみません……流石に控えますね。」

そもそも軽海が悪いのは言い逃れ出来まい。
学校、仕事中、こっそり遊んでいる事だけでも充分不味いのに。
謝罪を口にして頭を下げて見せる。
態度こそ丁寧だが、「控える」で済ませるのは反省しているのやら。


他人の事に土足で深く踏み込むべきではない。
友達ならいざ知らず、相手は立場も年も上の大人なのだ。
軽海とはある程度仲良くなっても線引きが生じる。

以前言われた「知り合いに読まれると恥ずかしい」は作品の閲覧拒否。
あれから、何を書いていても無理に中身を見ようとはしなかった。

ただでさえ青葉は感情の起伏が緩やか。
第三者の反応を受け入れるだけ、それ以上は無関心になる。
本なら何でも読みたがる忠臣が食い付かなかったのは少し意外だったが。
そこは、彼も軽海の意志を尊重した結果か。


「顔見知りの、とは芹沢君言いましたけど……、別に実体験とかではないですよ?」
「ん、そう云う物ですか?」

何の弁解のつもりだか、軽海が飽くまでさらりと付け足す。
そんな事を疑ったつもりはないのだが。
閉口する忠臣に代わって、青葉が返事をしておいた。

「お二人は「エロ本は教科書」とか言う愚かな大人にならないで下さいね……
 あれは作者の妄想を形にした物に過ぎませんから。
 実践すれば、大抵は女の子に「最低!」って怒られますよ?」

こんな内容なのに、まるで子供に言い聞かせる口調が可笑しい。
それもそうだけど。

性描写は絵も文章も、アダルトビデオだって同じ事である。
あれは自慰の為にあるエンターテイメントの世界。
「フィクションです」の一文が何処かしらに付き物なのだ。
鵜呑みにしてはいけない事くらい、幾ら中学生でも知っている。


「それにしてもセクハラされた女の子みたいな反応するんだね、忠臣……」

不快感を示す表情を一瞥、青葉は呟いた。
聴こえたらまた煩そうなので音として響かない声量。

性欲に対して潔癖ではない筈。
興味も人並みにあると思っていたのだが。
それとも、若しくは。


「軽海さんがエロいのそんなにショックだったの?」
「は?何デスか、ソレは……」

生徒達が抱いている、軽海の「理知的で優しい」と云うイメージ。
図書室全体に影響を与えているのだから大したものである。
賢く柔らかい人柄には違いなく虚像とも言い切れぬが、それは全てでもなし。
委員として受付カウンターで一緒に過ごすうち、学んだ事。

まだ忠臣は変な思い込みがあったのかもしれない。
青葉と比べ、柔軟に物事を受け止めにくい部分があるのは知っている。


「軽海さん綺麗でも男の人なんだし、そーゆーとこもあるって。」
「だーかーらッ、顔見知りのエロにちょっと引いただけデス!」
「ん、そんなに嫌なもんかな。」
「結び付かせたくないっつーか、萎えるだろ……」

やはり忠臣にはまだ早い話題だったのだろうか。
単に子供だとすれば、仕方ないかと青葉は密かに頷いて終わり。

ふと視線を戻すと、軽海が本を貸し出しする生徒の手続きをしていた。
手伝う為に来ているのに此れでは本末転倒。
幾ら先程まで暇だったからと云って、お喋りが過ぎたか。
いけないと一人反省し、青葉も次の生徒からカードを受け取ると。


「青葉だったら、まぁ……、エロいのは納得出来マスけどね。」

終わったと思っていたのは、青葉だけだったらしい。
本当は長く溜めていただけ。
余りにも不意で、一瞬では何の事だか分からなかった。

どうして忠臣はそんな事を口にしたのやら。

こんなタイミングでは聞き返す事も出来ず。
作業の合間に流されて、今度こそ勝手に終わってしまった。
どう云う意味かと気になっても、答えは忠臣の中にだけ。



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2015.04.27