林檎に牙を:全5種類
「僕は彼女が出来ましたよ。」

飽くまでも軽い調子で遼二は口にする。
片手のマグカップ、思わずコーヒーで噎せそうになった拓真を他所に。
恋人からこんな発言を受けたら無理もない、かと云えば。

「いや、だから、昨夜の夢の話ですからね?」
「いや、分かってるけどよ……」

念を押すように付け加えられる、もう一言。
まだ眠たげな遼二の目には何処となく呆れが混ざっていた。
自分のカフェオレを啜りながら、視線だけ拓真に。

そう、此れは前提があってこその会話である。


週末の朝はゆっくりと過ごすもの。
少し陽が高くなってから二人とも寝床を抜け出た。
コーヒーを淹れても眠気覚ましにならず、欠伸ばかり繰り返す。
そうして取り留めなく喋っているうちに夢の話。

空を自由に飛んだり、宇宙旅行だって出来るような世界。
それは出鱈目なくらいフリーダムで、自分でも何が起こるか分からない。

同性愛者の遼二に、彼女が出来る事だってある。
夢の中では現実と別人。
「他人の夢なんて聞いても面白くない」とはよく言われるもの。
しかし、拓真には何だか聞き捨てならず。

夢は夢、それでも少なくとも良い気はしない。
怖いもの見たさで続きを聞いてみれば。


その彼女が妙な男に付き纏われて遼二が護衛する、と云う内容だったそうだ。
現実だったら、恋人でなくても関係ない。
知り合いがそうした状況になっていれば協力ぐらいはするもの。
実際、女生徒の送迎なら拓真だって学校でよく頼まれる。

「夢の中に出て来た娘って、本当に彼女って決まってたのか?」
「そう云う”設定”だったんですって。」

夢とは、眠っている間だけ開かれる劇のようなものだ。
観客の日もあれば役者の日もある。
この時ばかりは現実の自分を忘れ、世界の一部。

そうして幕が閉じれば何も残さず消え去ってしまう。
件の彼女だって、もう何処にも存在しない。


「……まさかと思いますけど、嫉妬とかやめて下さいね?」
「違っ、そうじゃねぇよ!」

怪訝な目を向けられて、慌てて拓真は否定した。
ただ、一時的にでも遼二が恋していたと云う相手だ。
どんな女性だったのかくらいは気になる。

「はっきり覚えてる訳じゃないけど、普通に可愛かった筈ですね。」

夢は覚めた瞬間から忘れていく。
曖昧な回答には、これまた拓真も曖昧な返事しか出来ず。

異性愛者だとしても、夢に現れるのが好みのタイプとは限らない。
起きてから驚く事だってよくあるのだ。
それに、仮に遼二の理想だったとしても聞いてどうする訳でもなし。
変われない拓真は何も出来やしないのだ。


「そうですね……、どうせなら僕が女性になる夢とか見てみたいです。」

また突拍子もない事を言い出す。
実のところ、まだ夢見心地なのではないだろうか。
寝起きが悪い遼二ならありえる。

どう答えたら良いのか分からない此方を置いて、遼二はペースを崩さず。
甘ったるいカフェオレをもう一口。
カップを卓袱台に手放したら、その手は拓真を引き寄せる。
温まった指先を繋いで離さずに。


「僕が女性だったとしても、保志さんの事好きになるとは思いますよ?」

少し笑って、真っ直ぐ言い聞かせる。
あまり恋心を口にしない遼二にしては何とも珍しい。

性別の事を考えると毎回ながら不安感が付き物。
今日も、夢の話をした時から。
拓真をからかう事も好きなので掌で転がしても、責任は取る。
愛しているのは本当だと。

「安心しました?」
「あぁ、ありがとよ……」

こうも素直にされると、流石に拓真の方が照れてしまう。
大きな身体に似合わず頬が熱くなる感覚。
何だか直視出来ず、ただ此方からも指を絡めた。


此処で終われば良い話。
なのだが、ふと浮かんだ疑問が一つ。

「ところで、俺が女だった場合は?」
「あ、それは、無いです。」

断言されて、今度こそ表情が固まってしまった。
確かに拓真は自分が女性だったら、なんて今まで考えた事はないが。
そこは嘘でも拒絶しないで欲しかった。


「人柄が好きとは言いますけどね、その人柄って性別も含んでるものでしょう?」

男でも女でも関係ない、なんて綺麗事を口にするつもりは無いらしい。
相手の性別が違えば立場だって変わる。
同じ人格だとしても、異性か同性かで受ける印象も違ってくる。
それなら好意を持つかどうか分からないと。

「なぁ、お前が女だったらってのは矛盾しねぇのか?」
「だって自分の事なら変わらない責任持てますけど、他人の事は分かりませんよ。」

遼二なりに理論があるのだろうが、意味が分からなくなってきた。
カフェオレで酔っ払ったのか。
もしくは、やはり寝惚けているのではないか。

そうは思っても、まだ拓真も頭が働ききってない気がする。
夢と現で話題が混乱してきた。
もうそろそろお互い黙り込んだ方が良いみたいだ。
取っ散らかったままでは纏まりがないが。


そうさせないのが遼二だった。
本当に言いたい事が伝わらず、焦れったそうな表情。

要するに。

「僕が好きなのは、今此処に居る男の保志さんって事ですよ。」

苛立った溜息混じりで、もう一度だけ遼二は吐く。
ああ、察しが悪くて大変申し訳ない。
愛されているのに、こんな気持ちになるのは如何なのか。


「身体も好きですよ、勿論。」
「そうか……」

ありのままで良いと云う意味だと、そう受け取っておいた。
さもなければ身体目当てのようで。
どちらにしろ、情交の際に拓真が突き刺す側なのは変わらないのだ。

今キスしたら、恐らく此処で押し倒される。
自分より細い腕に敵わないまま。



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2015.05.09