林檎に牙を:全5種類
前回の後半的な続き。
人形進ちゃんは「トリコノシティ」が合う気がします。

配布元alkalism様より。
人間だった頃の肉体も、与えられて決められた地位も、もう無い。
残った物は全てを受け入れて諦める性質だけ。
其れも所詮、他人に形成された物。

自分を証明する物は何処に在ると云うのだろう。


右目代わりに埋め込まれた、艶やかな黒瑪瑙。
こんな石一つに憑いてまで現世に留まりたかった理由は何だろう。
死者の自分は取り残されるだけなのに。
気付いた時の変化は大きく、取り戻す事など出来やしない程の。
時間も場所も姿すら何もかも全て。

生きていた頃に縛られていた物が消え、感じたのは自由にあらず。
自分が何者か解からなくなった。
何の為に此処に居るのか見えなくなって、薄い虚無が全身を包む。


「哲学的な悩みだね。」

軽々と進之助に水を差す者は、やはり一人しか居ない。
金茶の巻き毛を指先で弄る和磨。


"人形のよう"と云う表現は複数の意味を持っている。
一つは、他者に言いなりの者。
一つは、作り物めいた無表情。
そして誉め言葉ならば、現実離れした美を指す。
即ち、人形とは美しくなくてはならないのだ。

それならば、和磨の方が余程人形に見える。
綺麗な顔立ちに色素が薄い肌。
それこそ、陶磁器にも似た滑らかさ。

椅子の背凭れにストールを脱ぎ捨てて、晒された身体の線。
肌を隠す進之助とは対照的に。
室内装飾と同じく、此処の住人達も身を包むのは民族衣装。
胸元も背中も開いた薄衣一枚に、ゆったりした膨らみのあるパンツ。
魔法のランプの持ち主を思わせるような格好。

男としては華奢な腰に、骨張りの無い身体つき。
長身に見合った大きな手が、手首の細さを際立たせる。
しなやかに舞う指先も。


「本当の自分が分からないって……、中学生のうちに済ませてよ、全く。」
「あのねぇ、思春期なら誰でもぶつかる疑問なんだよ。」
「場合が場合だから君は特別だろうけど、本質的にはそんなとこでしょ?」

溜息にも似た、立て続けに綴られる言葉。

気怠い薄笑いと口調は冷めており、何処か女性的でもある。
知った事ではないとでも云うような涼しい態度。
当然、相手からすれば癪に障るだろう。

進之助の苛付きに拍車を掛け、瞬間的に小さく爆発する。
それこそ癇癪玉程度の規模。

「痛い痛い!もう、頬っぺた抓んないでよ!」
「うっさいわ、お前こそ何だよ!俺が真剣に悩んでんのに……」
「だからって手が出るのは良くないねぇ、一応は親なんだから敬いたまえ。」
「……もう良い、お前と喋ってると無駄に疲れる。」

和磨に怒りをぶつけてみたら、後に残った物は脱力感。
何だか一通り如何でも良くなってしまう。
気が晴れたかと訊かれれば、多少は。


「あのさ昕守君、親だから僕は解かってるつもりだよ?」

頬を押さえる和磨の言葉が、進之助を追い掛ける。
先程の言い草も彼なりの考えで諭したつもりなのだろう、恐らく。
優しさに欠けるので分かりにくいものの。

陶磁器の指先にも、抓った時の感触は残っている。
人に化けた龍の物とは云えど、確かに血が通った生者の物。




「……て、和磨は腹立つ事しか言わんし。」
「ああ、うん、言い分は二人とも解かるんだけどね……」

テーブルの向かい側、女性が一つ頷いた。

何となくあの場を去ったものの、行く当てなど無し。
廊下を抜けて辿り着いたのは居間。
寛いでいた深砂と行き合い、今度は彼女の相手。


混血だと云う深砂には龍の特徴である角が無い。
ただ姿形は人間だが、東洋人離れしているのは和磨と同じ。

人目を引く暗紅色の髪に仄白い肌。
伏せ気味になる吊り眼と銀色のピアスが、何処か冷たく映る。
近寄り難く見えてしまうのは乾いた口調も原因。
気を許せばよく喋り、度量が広く頼りになる人柄である。
元から人見知りしない進之助とも早々に打ち解けた。

当てになる点では、和磨よりもずっと高評価。
始終あの調子の彼と恋人なのだから、そうでもなければ務まるまい。
苦労も多い気がするものの。


テーブルの上に冷たい汗を掻いたグラス二つ。
快晴の春は時々夏日になる。
こんな陽気に、氷の浮いたレモネードの甘さが清々しい。
鮮烈な柑橘の香りが進之助の喉にも流れる。

伝わる感覚は膜一枚隔てたようでも飽くまでも極薄い、偽者の身体。
質感が僅かに劣る事は確かに否めない。
例えるなら、度も色も無い眼鏡を掛けているような。
しかし物を感じる事には何も問題無かった。
大幅に鈍っていても不自然でないのに。

「其処は和磨君が拘ったからね、時間も技術も費やして。」

目覚めた時には完成した身体に埋め込まれていたので知らない。
"生まれる前"とでも云うべきだろうか、此の場合。
進之助の製作中、すぐ傍らで見ていた深砂が証言する。
ならば和磨には感謝すべきなのだろう、けれど。

「和磨がそうしたかっただけだろ……、俺の為じゃなくて。」
「そうだよ?和磨君がそんな優しい奴だと思う?」

予想通りの肯定に何処かで安堵しつつ、迷い無く首を横に。

和磨がどんな者か進之助も解かっているつもり。
一言で述べるなら、"風変わり"を通り越して"奇妙"の極み。
半月共に過ごして様々な方面から見た結論。
加えて自己陶酔型なので、そんな自分を気に入っていると云う。
美学に対して徹底的な追及だからこそ、進之助を造る際にも妥協せず。

和磨くらい自己が強ければ、もし進之助の現状に陥っても問題無かろう。
ある意味羨ましいが、彼に成りたいと思わない。


「でもさ、此処まで全力で造ったのは進ちゃんだけだよ。」
「意識がある人形なんて造り甲斐ある、とかそんなんだろ。」
「まぁね……、和磨君自身も生きている証明を世に残したかった、て事。」
「其れが、俺か……?」

自虐気味に言った事に、ご大層な返答。
人形が生き甲斐だからこそ一つ大作を造り上げたとでも?
かと云って、進之助自身に何かを期待されている訳でもなく。
第一、何の為に此処に居るのか解からないのに。
胸に空いたような自分に何が出来ると云うのだろうか。

ああ、結局また此処に辿り着いてしまった。
思考は堂々巡りで少しも進まず。

生きていた間、諦める事を覚えてから楽してきたのかもしれない。
どうせ無駄だと吐き捨て、本気で抗おうとせず。
なのに、現世の未練だけは諦め切れなかった。
此れはきっと自分への最後の反抗。


「悩むのも大切な事なんだよ、答えが出なくても。」

成人している深砂に言われると、安定した説得力を持つ。
少なくとも青二才の進之助にとっては。
先の見えない余りある時間、其の中でなら成長できるだろうか。


「そればっかりじゃ疲れちゃうから、好きな事するのも大切だけどね。」
「好きな事?食べる事、か……とりあえず。」
「じゃ、その穴レモネードで埋めようか、御代わり如何?」
「……いただきます。」

グラスに並々と注がれた、透き通った黄のレモネード。
身にならずとも、空洞を満たす清涼感。
相変わらず何も解決していない問題も洗い流して。


生と死の中間地点は何も見えない暗闇じゃない。
まだ此処は、旅の途中。
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2011.04.24