林檎に牙を:全5種類
此方も一応果実シリーズで、初の連作。
テーマはやっぱり桃です。

主人公カップル2組が入り乱れる感じの物を書いてみようと思いまして。
前から一緒にしてみたかったので、最初は女子同士を。
百合風味を目指した…つもり。
寂れた田舎の春永山は温泉地帯でもある。
尤も、観光地化されていないのでほぼ住人だけの愉しみ。
疲れた身体を心地良く潤す暖かな空間。
其の手の通りには幾つもの湯屋が点在し、今日も賑わう。

湯屋の数は少なくないからこそ偶然の確率は低い筈、なのだが。
顔見知りに逢う事だって時にはある。


「……こんばんは。」

落ち着いた低音で通る声に、渡は内心ぎくりとした。
濡れて艶めく暗紅色。
目立つ髪色に意識を射られれば、視線が交差する。
吊り眼を真っ直ぐに向ける深砂。

何故、此の人はこんな所に居るのだろう。
別に悪い訳じゃないけど。


脱衣所は老いも若きも肌を晒す事への躊躇いが薄い。
多少恥じらいがあろうと、裸なのはお互い様。
衣服の鎧を脱ぎ捨てて、守るにしても精々タオル一枚きり。
同性なのだから気兼ねの必要は無いのだが。

無防備な場所に、警戒している相手。
尚更に居心地が悪く感じてしまう。

正直なところ、渡にとって深砂は近付き難い。

元来、生真面目な狐と快楽主義の龍は性質が合わないとされる。
だからと一概に割り切れる訳でもないが。
地龍達の一団の中で、深砂は比較的付き合い易い人物であろう。
素っ気無いように見えて、よく喋るし笑う。
一度打ち解ければ頼もしい者なのだが、対面する度に渡は薄々感じていた。
何処か底の見えない、仄暗い冷気。


すぐ近くで、桃が強く香り立っている。

此処の生活は作物だけなら自給自足で割と間に合う。
家で食べ頃が採れたと、果実にナイフを滑らせているのは客の一人。
サービスで湯上りの者に振舞っているのだ。
浴場の熱気により、脱衣所そのものが甘ったるい。

背中を向けていても獣の鼻に蜜は毒。
口腔の唾液を呑み込んで、下着一枚きりになった時。

「……ッ?!」

突然、尻尾に誰かの手。
思わず逆立つのを感じて振り向けば、背後に深砂。


既に入浴を済ませた彼女は、裸にジーンズだけ通した脚。
晒したままの乳房を恥じる様子は無く、どうも目を奪われそうになる。
透けそうな白さの肌も染まって朱色。
何処か、情交の後を思わせるかのような。

「ごめんね?尻尾って如何なってるのかな、と思って。」
「あ、いえ……」

桃で濡れた深砂の唇から、甘い香り。

渡が曖昧な返事しか出来ずにいたのは戸惑いの所為だけでなく。
目の前で下着を外す事は何となく憚られたが、一息で全てロッカーへ。
片手だけ使って鍵を掛け、タオルを握り締める。

一切合財洗い流したくて、早足で浴場へ逃げ込んだ。
胸に燻った、此の妙な感情も。

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2011.06.27