林檎に牙を:全5種類
「……さっきから思ってたけど、甘い気がする。」

二人きりの空き教室、キスの合間に嵐山が呟いた。
情欲を吐き出したばかりの身体。
熱が冷めきらず、ただ重ねるだけでも唇は糸を引く。

しかし、嵐山も単に雰囲気だけで言った訳ではない。
心当たりなら梅丸は鞄の中にある。

「ユウも食うか?」

シャツを羽織っただけの上半身を捻って、引っ張り出した正体。
大粒の中身はぶつかり合って鈍い音で反響する。
懐かしさすら感じる、誰の目にもお馴染な赤いドロップス缶だった。

梅丸の舌に残っていた淡い甘味は唾液を誘う。
遠慮がちながら嵐山は頷いた。


「何味が良いん?」
「じゃあ、葡萄……あるなら。」

同じ名前を持つドロップス缶は赤と緑。
味もほとんど一緒なのだが、それぞれラインナップが二種類違う。
赤には葡萄とチョコ、緑にはメロンとスモモ。

葡萄が好きなのに、緑の方を買ってしまった時は落胆した。
缶を引っ繰り返して探した事も。
そもそも果物の絵なら表に描いてあるのだ。
間違える方が迂闊で、思い出すと何だか恥ずかしい。


一方、缶を覗き込む梅丸は葡萄を探す真っ最中。
小さな丸い穴の底は暗くて見え難い。
注意深く揺すりながら紫色を判別して、掌の上へ落ちる。

骨張った指先に摘ままれ、やっと嵐山の方へ差し出された。
即ち、口を開けろとせがむ。


illustration by ういちろさん

「餌付けみたいで腹立つな、それ。」
「あぁ、口移しとかの方が良かったん?」

相変わらず梅丸は涼やかなままで言ってのける。
そうして、嵐山がドロップごと指先に噛み付いてみせた。
牙を持つ彼は照れ隠しも凶暴。


口腔で転がすたび硬質な音が奥歯に響く。
舐めるなんて焦れったい、嵐山にとって飴は噛む物。
葡萄の溶け出した甘い唾液。
やがて舌を染めて、塊が消えても紫色だけが残るのだろう。

齧られた指を手当で舐めてから、梅丸もドロップを一粒。
口に放り込んだのは苺の赤。
一際甘ったるいのに、あちらもわざわざ選んでいた辺りは好みの違い。


「梅丸、ドロップよく食べたりするのか?」
「最近な。カラオケで喉使うから、声枯れねぇように買ってみたんさ。」

ああ、やはり訊くのではなかった。
またカラオケ大会か。
共に過ごす時間は空けてくれても、梅丸が掛かりきりの事。

こうして嵐山と分け合う為、なんて返答を期待していた訳ではないけど。
そんな考えこそ甘ったるくて喉が焼けてしまう。


割れた欠片を噛み砕くのが忙しくて気付くのが遅れた。
小さな苛立ちをドロップにぶつけていると、梅丸はいつからか鼻歌を一つ。

カラオケ大会の曲とやらなら火に油のところ。
いや、消えそうなメロディには嵐山も聞き覚えがあった。
引っ掛かった記憶を辿って数秒の無言、ふと繋がって口を開ける。


「……単純な選曲だな。」
「ん、ユウも分かったん?」

ヒントならば元から口の中にあったのだ。
何の事は無い、正解は童謡の「ドロップスのうた」だった。

古い歌なので多くの人が知っている筈。
それによれば、ドロップスは泣き虫な神様の涙。
捻くれた子供だった嵐山は「そんな訳がない」と冷めた感想を抱いたものだ。
赤や黄を零すより、紫色をもっと増やしてくれとも。


「ユウは泣かなくなったんね。」

梅丸の言葉に、嵐山は眉を潜めた。
唐突でも意図なら分かっているつもりだけに。

「泣き虫」は幼い頃の嵐山に当て嵌まる事を、梅丸は知っている。
どうせ自分の涙は誰にも喜ばれない。
弱い部分が嫌で冷たい目に封じてきたのに、今更揺り起こさないでほしい。


「何だよ、残念そうだな。」
「あーねー……あの頃、舐めてみたいってずっと思ってたんさ。」

苺の香る唇は、甘ったるい言葉を吐く。
飽くまでも何でもない口調で。
それは天然で口説いているのか、所詮は過去形だからか。


illustration by ういちろさん

もう一度、と唇を重ねれば葡萄と苺の破片が溶け合う。
構わずに甘い舌先ごと嵐山が歯を立てた。
痛みで梅丸が強張る気配。
今度こそ泣けば良いのに、そう思いながら続ける。

相手の涙が見たい。
そんな欲求を持つ立場は、再会してから逆転した。

どんなに牙が突き刺さっても、手荒に扱っても、梅丸は泣かなかった。
だからこそ嵐山はまだ足りない。
もっと苦痛で歪めた表情が欲しくなるばかり。

それこそが何よりも甘い物。



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2015.08.05