林檎に牙を:全5種類
太陽が眩しくなるにつれて、帽子を目深に被った生徒が増えて来た。
駅ビルの西口は若者向けの店ばかりなので流行が大体分かる。
どうやら今年の流行はツバ広。
暑さ対策よりも単にお洒落かもしれないけれど。

そんな中、ふわふわ頭にもまたネイビーのキャップ。
日除けの下から遼二は夏空を見上げていた。


朝からよく晴れていたので予想ならしていたのだ。
バイトが終わった午後、更に強さを増す陽光。
クーラーの効いた駅ビルを出れば、容赦なく目にも肌にも突き刺さる。

そもそも実習ではコック帽、バイトはキャスケット。
日常的を帽子と共にしているのだ。
一つ増えたところで今更の話、どうって事でもない。
冬用のニット帽だって持っているのだし。


「あぁ、今日も炎天下だもんな……、良いな、その帽子。」
「いちいち相手のファッション誉めなくて良いですよ、女の子じゃあるまいし。」

賛辞は優雅に受け取るどころか突っ返す。
影が落ちた目許の所為で、遼二の表情には妙な凄みがあったらしい。
拓真は物言いたげながら口を引き結ぶ。


高校生の頃から、夏休みはカフェのバイトで予定が埋まっていた。
インドアなのでそれ以外は家で過ごして終わる。
何処か遊びに行ったりするなんて面倒。
思い出作りなら、青春を満喫している者だけすれば良いと。

怠惰な遼二だが、意外と労働には真面目だった。
金銭に困っている訳でもないのに。

さて、それは去年まで独り身だったからこその話。
今では初めて恋人が出来た。
ずっと秘密にしていこうと半ば諦めていた、男の相手。
受け入れてくれたからこそ、こうして傍に居る。


ただし、遼二が優しくするかは別。
今日だって本当は映画でもどうかと拓真から誘いがあったのだ。
迷わずバイトを優先した結果、デートは午後から少しだけ。

それでも意地悪とはお門違い。
シフトを急に抜けるのは無責任だろう、店にも迷惑が掛かる。
恋愛の事だけ考えていては生きていけないのだ。
顔を合わせるのは嬉しくても、労働後は休みも必要なのでもうすぐ帰る。

物足りなさを感じているのは拓真の方らしい。
待ち合わせ1時間前からカフェでコーヒーを飲んでいた。

元から常連なので来る事自体はおかしくないのだが。
終業を急かされている気もして、何だか苦笑してしまった。
若しくは待ちぼうけを食っている子犬にも見えて。
あんなに大きな身体をしているのに。


ああ、駄目だ。

帽子越しでも頭を太陽に灼かれ、じりじりとしてくる。
目深に被り直してふらりと日陰へ。
陽射しに比例して濃くなった影は全身を包む。
気休めでも落ち着いて、溜息が零れた。


「おい、大丈夫か?」

拓真に腕を取られて、足が止まった。
一人でよろけていても周囲は気に留めないが、此処には二人。
様子がおかしければすぐ心配の声が掛かる。

目線を上げても、キャップのツバは視界から拓真の顔を隠す。
首から下は確かに彼だと解かっていても。

眩しい訳でもないのに瞼を閉じた。
見えなくても伝わる、寄り掛かってもびくともしない存在。
無駄な心配を掛けて罪悪感なら一片。
本当は何ともないが、この際だからと甘えてみる。

「……少し座れば大丈夫ですよ。」

欲求だったら呟くだけで効果抜群。
壊れ物でも扱う手になる。
帽子に隠れて、表情が見えないのは遼二の方も同じ事。
例え笑っていたとしても拓真には判らない。


植え込みを囲むレンガがベンチ代わり。
腰を下ろせば、駅前を行く人々の視界から外れて二人きり。
元から皆一様に急ぎ足、誰も遼二達を気に留めない。

「飲み物要るか?自販機あるから買って来てやるけど……」
「いや、大丈夫ですって。」

拓真だって置いて行くつもりだった訳でもない。
分かっていても、引き止めた身動ぎと風でキャップが落ちた。
拾おうとして両者ともしゃがめば、今度こそ誰の目にも見えない。
不意に悪戯心が滑り込む。

一息早くキャップを取ったのは遼二。
間近になった拓真の頭へ深く被せてみれば、目隠し。
掠める軽さで唇を重ねた。


「おい、早未……!」
「何ですか?」

心配させておいて、こんな調子ではご尤も。
けれど振り回されるのはいつもの事。
遼二が涼しく首を傾げたら、拓真はまた文句を呑み込んで項垂れた。


ところで、遼二が髪を切った事には気付いたろうか。
今まで帽子に隠れて分かり難かった事。

別に賛辞など要らない。
拓真に会う為きちんとしようとした、昨日の決意。
そこを見透かされたら、きっと負けた気持ちになってしまう。



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2015.08.16