林檎に牙を:全5種類
夏休みが始まっても毎日家に籠りきりとは限らない。
部活動によっては朝から登校せねばならず、嫌でも教師や生徒と顔を合わす。

何にしても、そんな忙しい日々だって三年生は最後。
本格的に受験が始まる前なのだ。
梅丸も先日、地元の大会で剣道生活の締め括りをしてきたばかり。
半ば義務で振り続けていた竹刀を完全に置いた。


準決勝まで行ったので好成績。
三年生になってから練習を怠りがちだったにしては、運が良かった。

しかし、特に感動など無し。
自分にとって剣道は何だったろうか。
興味があって始めた訳でもなく、心からは熱くなれないままだった。

ただ、今までは袴姿で背筋を伸ばしてきたのだ。
部活が無くなると途端に暇。
そんな事を口にしたら叱られそうなものだが。
遊びに行くような予定もあらず、暑さもあって余計に締まりが無くなる。



「少し見ないうちに腑抜けた顔になったな、梅丸。」

無表情と定評がある梅丸に、こんな言葉を投げたのは嵐山だった。
ほんの数日でそこまで変わる訳がないのに。


顔を合わせたのは終業式から一週間ぶり、早くも7月が終わる頃。
突然、嵐山の方から連絡を受けて呼び出された。
承諾して此処まで足を運んだのは梅丸の意志だ、文句など無い。
それと云うのも。

「じゃ、お邪魔するんね。」
「……どうぞ。」

玄関先で梅丸が軽く頭を下げると、嵐山は中へ招き入れた。
生活感が薄いくらい綺麗で真っ白な壁にチョコレート色の床。

白い住居は夏空の青に映えて、光と調和する。
積み木を寄せたようなキューブモダンスタイルの嵐山家。
スタイリッシュな外装通り、ドアの向こうも洒落た空間だった。


何の用かと思えば初めて家に呼ばれたのだ。
「今日は親居ないから泊まりに来れば?」なんて、随分と強気な誘いである。

自転車があれば何処でも行けるものの、約束の時間を少し過ぎてしまった。
何しろ互いの家は中学校を挟んで反対方面と遠い。
それも初めて行く場所だ、住所を教えられたくらいでは簡単に辿り着けない。
迎えに来たりしない性格は解かっていたけれど。


午後の炎天下に自転車で彷徨っていたのだから、暑くて堪らない。
廊下を抜ければ広々としてクーラーの効いたリビング。
濡れタオルとスポーツドリンクで持て成されて、梅丸は熱を冷ました。

部屋を明るくする、レザーの白いソファーとガラステーブル。
夏の陽射しも熱を遮断されて、此処にはただ燦々と。

「汗凄いな……、後で風呂貸してやるよ。」

家で悠々と待っていた嵐山は飽くまで涼しげ。
梅丸がスポーツドリンクを飲み干す間、アイスティーを啜っている。
琥珀色に透き通るグラスの中、氷が冷たく鳴った。

そう云えば、真夏でも相変わらず肌は焼けていないようだ。
淡いブルーのシャツは細い首をますます白く見せる。
ずっと家で過ごしていたのだろう、予定が無いのは嵐山も同じか。
梅丸を呼んだのも退屈しのぎかもしれない。


そんな事を考えていたら、嵐山と目が合った。
神経質気味なので視線には敏感。
はっきり言えと、琥珀色が揺れるグラスをテーブルに置いた。

「……何だよ梅丸、じろじろと。」
「私服見たん初めてだな、と。」
「何言ってんだよ、呆けてるな。知り合った頃は私服だったろ。」
「いや……、あの頃は男か女か判んねぇのべぇ着てたろ?」

そう言われて、嵐山はさも嫌そうに眉を顰めた。
紅茶が苦かった所為じゃない。

幼い子供は否が応でも母親の着せ替え人形。
与えられるまま袖を通していた頃、嵐山はユニセックスの物ばかりだったのだ。
少女に間違われるコンプレックスはこうして培われた。

流石に中学生となっては服なんて自分の意志で選ぶ物。
シンプルな形を好むようで、細身のラインを綺麗に浮き立たせる。
今でも可愛い色やデザインは違和感ないだろうに。
似合う服と着たい服は違う、そう云う事だ。


「変なシャツ着てるお前に言われたくないね、何処のヤンキーだよ……」

再びアイスティーで喉を潤して一呼吸。
苛立ちを抑えてから、冷ややかに嵐山が言葉を返す。

梅丸はと云えば、普段着にしている黒い和柄Tシャツ。
何しろこうしたデザインは派手な物が多い。
牙を剥いた龍や鬼などのモチーフが多いので、悪目立ちしがち。

流石にそこまで気合が入った物なんて着こなせないけれど。
梅丸が選ぶのはせいぜいワンポイント程度。
すっかり汗を吸った黒いTシャツには、胸から肩にかけて絡まった蛇。
吊り目の彼によく似合う反面、少し怖そうな印象になる。

清々しい白で統一したリビングに、物々しい黒。
墨を垂らしたかのように梅丸の存在は浮かび上がる。


「風呂の前に荷物置いて来いよ、僕の部屋こっちだから。」

嵐山に視線で招かれて、梅丸はバッグを持ち上げた。
連れられるまま階段を上っていく。
客間ではない辺り、夜は同じ寝床と宣言されたようなものである。
そのつもりだと分かってはいたけれど。

休日に会うのも、家に招かれるのも、一晩を共にするのも初めて。
そもそも二人の関係は順番が間違っていたのだ。
普通ならそうやって親交を深める前に、身体が先だった。

いつもガードが固い所為だが、嵐山は現状を変えたいのかもしれない。
とは云え、家に泊まりとは急展開ではないだろうか。
自室なんて最もプライベートな場所だろうに。
どんな気紛れを起こしたのだか。


「2階はペットも居るけど……、梅丸にも見せてやっても良いかな。」

最後の一段に踏み出した時、ふと嵐山が此方を一瞥する。
これまた寛大な申し出。

「ん、猫なん?それとも小型犬とか?」
「多分、お前が予想出来ない生き物。」

答えはくれず、意地の悪い言い方。
どうやらペットとしては珍しい部類らしい。

それにしても何か飼っているとも梅丸には初耳である。
今更ながら、やっと気付かされた。
恋人同士として基本的な情報交換が不足していた事にも。


階段の左にあるドアを開かれると、無人にも関わらず此処も涼しい。
動物は暑さに弱いのでクーラーが必須になる。
どうも嵐山の部屋ではないらしい。
リビングと同じくらいの広さを本棚や荷物が半分占め、ベランダには洗濯物。

嵐山家のペットは、そんな部屋の陽射しが届かない片隅に存在した。

おがくずの敷き詰められたガラスケージに、回し車や小屋。
ハムスターと似たような設備だが違う。
小屋を覗き込むと、動いたのは毛玉ではなく細かな針の塊。

「……まだ寝てるからくれぐれも静かに、今は見るだけにしろよ。」

潜めた声で嵐山に釘を刺されて別の角度から覗き込む。
今度は梅丸からも白い顔も見える。
小さな耳に、尖った鼻先。
ガラスの城で眠る主は、一匹のハリネズミだった。


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2015.08.23