林檎に牙を:全5種類
一方、男湯にて。
此の二人はもしかしたら仲良くなれるかもしれない。
ただでさえ長い入浴時間は、此処に来ると更に延びる。
脚が伸ばせる浴場なんて此処しか無いし。
いつも自室のシャワーばかりで済ませているので鬱憤も。
折角なのだから、料金分を満喫しなければ損だろう。

恋人の方はもう上がった頃かもしれない。
広い湯船に身を沈めてぼんやりしていたら、出入り口の扉が開いた。
此方に気付いて、手を振る細身の影。

「あっ、和磨!」
「声が大きいよ……、本丸君。」

薄い吊り眼が涼しげな印象を与える、端正な細面の顔。
灰銀色の長い髪、狐の耳と尻尾。
近寄り難い程の美しさと裏腹に、本丸の仕草は実に幼い。
何がそんなに嬉しいんだか。

食い違いに思わず苦笑して、和磨が翠の眼を細めた。
軽く片手を挙げてしまったのは不覚。


元から客の多くない男湯は、露天の方に集中している。
屋内浴場に居るのは指で数える程度。
だからこそゆっくり出来ると思ったのだが、何たる偶然。

まぁ、それでも一人きりと変わらないか。
顔見知りと出くわしたところで、如何と云う事も無いのだ。
元々それほど仲が良い訳でもないし。
鼻歌混じりにガラス越しの夜空を眺めていた、時。

「痛ぁッ!!」

そんな事を考えていた矢先に、派手なスリップ音と短い悲鳴。
和磨のすぐ背後での事。

あまり良い予感はしなかったが、そろりと首を回す。
眼が合ってしまったのが最後。
濡れた床の上に座り込み、痛みに呻いている本丸。
もしかしなくとも、滑って転倒したらしい。

「……大丈夫?」

心配を口にしてみたものの、実のところ形式的。
自分が優しくない事なんて和磨も自覚あり。
鈍臭い、と思いつつも流石に酷だろうと呑み込んで。

「うん、血は出てない……けど石鹸どっか行っちゃった。」
「じゃあ……、僕の使っても良いよ?別に。」
「ん、どれ?」
「あの棚の、上から2番目の……あぁ、もう……」

舌打ちにも似た派手な音で跳ね上がる水面。
唸るような一声の後、和磨が湯船から重い腰を上げた。


本丸を洗い場に座らせ、蜂蜜色の液体が揺れるボトルを置く。
しかしお気に入りを遠慮なく使われても困る。
タオルに適量垂らして揉み込んでやると、瑞々しい桃が泡立つ。

本当に子供の入浴に付き添っている気分。
自分は何を遣っているんだか。

まぁ、外見が大人なので妙な図だろうけれど。
二人共「細身」の一言で括れるが、筋肉の付き方に差がある。
和磨の方が薄い身体に華奢な印象。
一方、そこそこ胸板も厚い本丸は確かに男性的。

「わ、ありがとな!でも何か納得した。」

如何云う意味なんだか。
怪訝な表情になった和磨に、本丸が頬を緩めてみせた。

「和磨良い匂いするな、て前から思ってたから。」

子供じみた笑顔はあまりにも屈託無しに。
其の癖、雫が滴る銀髪から桃の混じった色香。
相手が相手なら、口説いているようなものだと解かっているんだか。

「彼女に言ってあげなよ、そう云う事は……」

訊き返されても面倒なので、呟くだけ。
無防備な場所は他人に対する普段の壁も薄くなってしまう。

距離感が近くて何だか落ち着かない。
けれど、悪い気分でもない。
全て温泉の所為にして、和磨は横を向いた。

← BACK   NEXT →

スポンサーサイト

2011.06.29