林檎に牙を:全5種類

illustration by ういちろさん

「ところで梅丸、何でいつもワックスなんかつけてるんだよ?」

赤褐色の濡れた髪に指先を差し入れて、嵐山が問い掛けて来る。
耳の近くを撫でられて少しくすぐったい。
それ以上に、密かに驚いた。

愛でるような、じゃれ付くような。
そんな手で嵐山に触れられたのは初めてかもしれない。

「カッコつけてるから……、としか言えねぇけど。」

急に訊かれても困った梅丸は口籠る。
視線で返答を促されては、呆気に取られている間も無い。
そもそも身嗜みに理由なんて必要だろうか。


「あぁ、そう。前から思ってたけど、はっきり言って髪上げてるの変だから。」
「何なん、毎朝セットしてる俺が馬鹿みたいだべ。」
「わざわざ変にしてどうするんだよ、カッコつけたいなら寧ろ必要無いだろ。」
「またユウはそうやって、おこんじょしか言えないんきゃ……」

それきり梅丸が黙り込んだのは、傷付いたからではない。
此れはつまり「髪は下ろしたままの方が良い」と云う事ではないのか。
先程の優しい手を思い出す。

嵐山はこうした言い方でしか誉める事も出来ない。
実に遠回しで捻くれている。
本人も無意識なので気付いていないだろう。
無言になる梅丸に向けて、してやったりとばかりに口角を上げる。

「俺、高校になったら髪下ろすべぇか……」
「好きにしろよ、飽くまで僕はそんなの要らないと思っただけ。」


「高校」の単語が出た事で、別の溜息が漏れる。
誰でも大嫌いな受験がもう近くなってきたのだと淡い憂鬱。

部活を引退したのも勉強の為。
三年生の夏は何も考えず楽しいだけではいられない。
今から机に向かっておかねばあっという間。


「夕方までは勉強だな、宿題もあるし。」

此の家では嵐山自身が絶対のルール。
一段落したところで勉強とは色気が無いものの、梅丸は従うのみ。
勉強道具も持参しろと事前に言われていたのだ。
こうなる事なら分かっていたので、特に落胆などしてない。

五教科に関して嵐山は優等生。
試験で満点が出ると発表されるので、よく名前が挙がっていた。
そうして注目を浴びるたび面倒そうに。

反面、他の実技教科が苦手な事なら梅丸も知っている。
細身でスタミナが無いので体育が駄目なのは見当がつくが、音楽は更に。
カラオケ大会の時だって。
今度は二人きりで行くかと誘ってみたら、過剰なまでに拒否された。


「梅丸、苦手な教科あるか?教えてやっても良いけど。」
「ん、じゃ……、英語頼もうかいねぇ。」

嵐山には敵わないにしても、実は梅丸も成績が良い方だった。
一番を志そうとしない器用貧乏。
"何となく"で卒なくこなしてしまい、あまり向上心が無いので目立たないのだ。

勉強でそこまで苦労しないものの、嵐山の申し出はありがたく受け取った。
意地悪が基本の彼が情けを掛けてくれるのは珍しい。
一緒に勉強するのも初めてだ。
折角なので、貴重な時間を愉しむ事にする。

「おい、隣に座るなよ……狭いだろ。」
「向かい合わせだと字が逆さまになって見難いべ?」

白いソファーに並ぶと、文句を言いつつ嵐山が教科書を広げた。
詰めなければ座れない大きさでもあるまいに。

午後の光は柔らかくなり、涼しさが保たれて悠々と快適なリビング。
昼寝したらさぞ気持ち良さそうな場所で勉強会。
気を抜いたら欠伸が出そうで、噛み殺しながら無表情を貫く。


ああ、そう云えば嵐山の志望校を訊きそびれていた。

場合によっては違う道に進まざるを得なくなる未来。
成績が良いほど選択肢は幅広くなる。
偏差値が高くても遠くの学校でも、行こうと思えば何処へでも。

基本的な情報交換すら碌に出来ずにいる二人。
進路や将来の事なんて尚更だった。

此方から訊ねるのを嵐山は待っているかもしれない。
聞き出すには絶好の機会。
そうして口の中で転がしつつも、今の梅丸は舌先から放さず。
もう少しだけ焦らしてみたいなんて欲望が邪魔する。

それも"何となく"しか答えられない。
普段甚振られているからせめての仕返しか、或いは。




夏は夜の足が鈍い。
落ちた影で文字が消えて、明かりを灯す頃には夕飯時。
教科書を閉じて静けさに終止符を打った。

何しろ、打ち切りのサイレンが鳴ったからには仕方あるまい。

「ユウ今、腹が……」
「鳴ってない!」

腹の虫を誤魔化す為に怒鳴られても、しっかり梅丸の耳には届いていた。
指摘したのも叱られたくて。
反撃されようと、嵐山は全部が可愛いので怖くない。


さて、夕飯はどうしようか。
留守の際は嵐山が台所を任されているので好きに使って良いらしい。
冷蔵庫を拝見させてもらうと中身も一通りある。
外に出てしまうのは勿体ない、折角なので何か作る事にした。

定番メニューと云えばカレー。
家にある物で出来るし、夏に食べたくなる物の一つだが。

「僕はそんな気分じゃないな、あっさりした物食べたい。」
「え、カレールー見付けたんに。」

食欲が湧いてきたところで、嵐山から却下。
スパイスが香ってきそうな箱は非常に残念ながら戸棚に戻した。
その近くには素麺の袋。
では此れは、と見せてみると今度は頷かれた。

味気無いなんて不満は言わない。
カレーの気分は打ち消して、大鍋を引っ張り出した。


「なぁユウ、たすき掛けってどうやるん?」

調理の前に梅丸は問題があった。
まだ浴衣だったので、火や刃物を使うには広い袖が邪魔。
事実、大鍋に水を溜めただけで雫が跳ねた。

見かねた嵐山にもう一本帯を渡されても、結び方が分からない。
恥を承知で訊ねると舌打ちされてしまった。

「噛んでろ。」

垂れ下がったままの帯を奪われたら空気が変わる。
片方の端を口許に突き付けられた。
脅すような、命令のような。

その冷ややかな眼に逆らう気など、梅丸には元から無い。
唇に触れるまま帯を咥えた。
何だか、まるで散歩中にリードを噛む犬である。
飼い慣らされていくのは悪い気がしないので、着々と染まるだけ。


そこから先はほとんど一瞬にも感じた。
脇から肩、首を通って反対側へ。
嵐山の手で帯は背面を這い、きゅっと引いて蝶結びで完成。

やはり家で和装に慣れているのではないだろうか。
締め付ける流れがあまりに鮮やかで、そんな考えが浮かぶ。

「さっさと作って食べて、夕飯済ませるぞ。」
「ん、ありがとな。」

やっと自由になった唇で梅丸が礼を言うと、ふいと横を向かれた。
腹が減って待ち切れないのもあるのだろう。
急かされるまでもなく、手を洗って調理に取り掛かった。

動きやすくはなったものの、拘束されているので食い込む感覚。

寝所では再び轡にされるかもしれない帯。
後々の事を考えると、一概にただの妄想とも言えなかった。
梅丸が口を塞がれていた時。
確かに嵐山は高揚の欠片を見せたから。


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2015.09.05