林檎に牙を:全5種類
茹でるだけの夕飯は男子二人でもすぐ出来る。
しかし真っ白なリビングに素麺はあまりにも色味が無さすぎた。
頭を少し捻ってから梅丸はトマトときゅうりを切った。
副菜にツナ和えを加え、赤と緑もテーブルを彩る。

「梅丸、ワサビ使うか?」
「いや遠慮しとく、俺辛いの食えねぇんさ。」

チューブを返すと「子供か」と素っ気なく言われてしまった。
嵐山の方は適度に薬味を使って、素麺の山を崩し始める。


啜る音ばかりが響いて、しばらく無言。
そう云えば、食事を共にするだけなら別に初めてでもない。
学校の席順は一学期だけ名簿通り。
嵐山と梅丸で前後するので、給食で班を作る時も一緒なのだ。

去年から同じクラス、肘がぶつかっては軽く睨まれたものだ。
嵐山は食べる姿勢と箸の使い方が綺麗で、つい隣から盗み見ていた。
量はあまり入らなくても出された物を残さず黙々と。

そうとも思いきや。

「何なんユウ、さっきから俺の皿にトマト除けたりして。」
「あんまり好きじゃない。」

今は行儀の悪い事に、箸の先でトマトを摘まんでは梅丸の皿へ追い出していた。
咎めたり止めたりはしないものの、ただ疑問だけが残る。
はて、給食ではきちんと口に運んでいた筈だが。

「そりゃ給食じゃ義務だけど、家でまで好き好んで食べたくないし。」
「そうなん?うちの中学、ハンバーグとかトマトソースがっつり掛かってるんに。」
「火を通してあるのは別物だろ、生は酸っぱすぎる。」
「あーね、俺も口内炎できてる時とか避けるから分からんでもねぇけど。」

一応ながらも納得して梅丸は素麺を啜り上げた。
酸味が患部に沁みる感覚を思い出してしまい、洗い流したくて。


「食べさせてやるよ、折角だから。」

嵐山からの急な申し出に軽く驚いた。
そうやって梅丸が顔を上げた直後、唇へ突っ込まれた箸の先。
何かの塊に口腔を塞がれた。

トマトでもきゅうりでも無さそうな舌触りが何処となく怖い。
吐き出す事も出来ず、恐る恐る歯を立てた。
ざくりと軽快で瑞々しい食感。
そして、すぐさま味覚が襲い掛かってくる。


「辛ぁ……ッ!」
「……へぇ、お前でも声裏返る事あるんだ。」

口を押えて飛び上がりそうになった梅丸に対し、嵐山は飽くまで涼しげ。
何かと思えば正体はミョウガ。
薬味の皿に並んでいた物の一つである。


泣きそうなほど辛いミョウガを口にしたのは初めてだ。
野菜は時に当たり外れがある。

嵐山が用意していた辺り、きっと知っていたと伺える。
こんな刺激物が平気ならトマトの酸味なんて可愛いものだろうに。
それとも、最初から梅丸に食べさせるつもりだったのか。

「ほら、飲むだろ?」

飲み干してしまった梅丸のグラスに、嵐山が麦茶を注ぎ足した。
満足したらしく心成しか優しい。
意地悪の後でもなければ笑ってもくれないのだ。

そう云う表情が好きなので文句は無いけれど。




着替えを持った嵐山が風呂へ消えて数分。
テレビが退屈でスイッチを切ったら夜は静まり返る。
梅丸はリビングのソファーに身を沈め、少しだけ落ち着かない気分。

風呂上がりを待っている所為、なんて色っぽい理由ではない。
他人の家に一人で取り残されると云うのは手持無沙汰。

大きさのある白いソファーは質感抜群。
嵐山の居ないうちにだらしなく横たわってみた。
じっとしていると眠ってしまいそうで、つい欠伸を一つ。
浴衣でこんな格好、早くも帯が緩んで肌蹴てしまうがお構いなし。


微睡みかけた時、ふと思い出した。
布団に包まれて眠っていた針山の存在。

夜行性のハリネズミはそろそろ起きた頃ではないだろうか。

何だか気になって、居心地の良いソファーから意識が浮上する。
きちんと浴衣を直して怠惰も追い出して。


住人が不在のうちに勝手な行動は慎むべき。
そんな事くらい分かっているし、本来なら梅丸は礼儀を重んじる性質である。
それこそ人間味が無いと言われてしまう程。

ただ、嵐山と居る時はそうした制御装置が鈍くなっていく。
嬉しい、楽しい、一見冷ややかな梅丸を溶かす感情。
それと同時、あまり綺麗でない欲も。
何となく居ても立ってもいられず、とうとうリビングから抜け出した。

こんな好奇心も嵐山に与えられた物。
閉じられた浴室のドアを確認し、暗い廊下から手探りで照明のスイッチを当てる。
橙色の灯りが落ちる階段にスリッパは音も立てず。



まだ眠っているだろうか、と部屋のスイッチに触れた指先が一瞬迷う。
しかし、どちらにしろ明るくしないと様子も窺えない。
既にベランダへ続く窓の外は藍色。
ガラスの城が立つ一角はカーテンが閉ざされ、濃い闇が住人の姿を隠す。

何だか眠り姫にでも逢いに来た気分。

室内が白い光で曝け出されると、眩しさからつい顰め面。
それでもすぐに目で姿を捕らえる事が出来た。


写真なら幾度となく見かけた事があるし、昼間には寝顔を。
けれど獣は思いも寄らない行動を取る物。
動いているハリネズミは、梅丸にとって未知の存在だった。

毬栗より太い針で覆われた背中。
丸っこい身体を引き摺って、小さな手足で進む。

棘だらけで攻撃的にも感じる外見だが、くりんと大きな黒目が愛らしい。
尖った鼻先を常にひくひく震わせながら忙しなく右へ左へ。
まるでレーダーである。
匂いを元に行動しているとしたら、やはり犬に似ていた。


憶測通り、鋭い嗅覚は変化に敏感。
レーダーが梅丸の方を向いた時、ふと動きを変える。
どうやら訪問者に気付いたようだ。

ガラスケースは上面が開いていて、匂いを認識するには鼻先を天へ。
空気に混じった違和感を探し出そうと躍起になっていた。
透明な壁に手を着いて精一杯に梅丸を仰ぎ見てくる。
あまり夢中になるものだから、ころんと背中から転がってしまう丸い身体。

針の方は黒っぽいが、地肌のピンクが透けて白に近い毛皮。
違いは色だけでなく腹はとても柔らかそうだ。
こうして仰向けになると出べそのような突起も一つ。


じたばたする手足が亀のようで、つい吹き出してしまった。
迂闊に他所のペットに触れるのは良くない事だけど。
思わず差し伸べてしまった手。
下から持ち上げるようにして、そっとハリネズミの体勢を戻してあげた。

浴衣なので長い袖で包んだ手なら針も多少は防げる。
布越しに、ちくちくした感触が一瞬。
別に突き刺さる程でもない。


用が済んだら、早々に引っ込めようとしたのだが。
前足で捕獲されて途中で梅丸の手が止まる。

それほど痛くはないが、これまた小さな爪を立てられては動けず。
小さなハリネズミにとって人間は脅威。
噛まれる覚悟も多少は決めていたものの、どうやら杞憂。
意外と長い舌に指先をくすぐられた。


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2015.09.13