林檎に牙を:全5種類
「本来、ハリネズミって警戒心が強くて懐かないんだけどな……」
「それよか俺、こっからどうすりゃ良いん?」

濡れた髪に浴衣の嵐山が乾いた溜息を吐く。
困っているのは梅丸もなのだが。

あれから数分、ハリネズミに捕獲されたまま。
指を持ち上げようとしても、爪の揃った小さな手が離れない。
それに、真ん丸の黒目で見上げられると逆らい難く。

こうして本物に触れてみて、初めて分かった事も幾つか。
ハリネズミの特徴はやはり背中の棘。
いかにも痛そうな印象だが、逆立てている訳でもないのでそれほど刺さらず。
それに、白っぽい毛皮は思った通りふわふわと柔らかで温かい。


それはそうとして、碌に動けない梅丸は背後の嵐山が気になる。
振り返っても表情が見えない辺りが恐ろしい。

勝手な行動を取った時点で叱られるのは承知の上。
そこに加えて、飼い主を差し置いてペットに懐かれている状況である。
嫉妬深さは動物相手でも有効なのかどうか。
此の場合、そうした感情をどちらに抱くのかも判らず。


「そろそろ助けてやろうか?」

先程の一言くらいしか口を開かなかった嵐山が、不意に隣へ。
そうして、指先で摘まんだ"何か"をハリネズミに近付ける。
清涼感のある甘い香り。
尖った鼻先は鋭く感知して、梅丸からそちらへ誘導されて行った。

薄くスライスされた赤い皮と白い身。
正体は瑞々しい林檎の欠片。

やっと自由になった梅丸が見てみれば、後ろのテーブルには果実とナイフ。
視界に届かない間も、嵐山が何かしている気配は感じていたのだ。
おやつで釣る作戦とは少々情けない気もするが。


「ミルワームもあるけど、今日は素麺食べた後だから……何か嫌だ。」
「あの細くてうねうねした虫だんべ?まぁ、気持ちは分からんでもないんね……」

繊細そうな印象の嵐山も物怖じしない梅丸も、普段だったら虫など怖くない。
ハリネズミは雑食なのでグロテスクな物も口にすると知っている。
ただ折角なので可愛い姿だけ見ていたかった、今日は。

嗅覚が優れたハリネズミに林檎の香りは堪らない。
誘われていた時から目を輝かせて、齧り付けばもう夢中。

誰も狙ったりしないのに、嵐山の手から奪いそうな勢いの食欲。
顎の力があまり強くないので固い林檎はよく咀嚼。
小さな口一杯に頬張り、しっかりと味わうように噛み締めている。

動き回っている姿を観察していてハリネズミは表情豊かだと初めて知った。
寝起きで緩んでいたり、おやつに喜んだりと見ていて飽きない。


あまりに美味そうに食べるものだから、梅丸も欲しくなってきた。
そうなると気になるのは後ろの林檎である。
どうやらそこは嵐山も同じらしい。
ガラスケースから離れて、再び果実とナイフを片手ずつ。

赤い皮を剥ぎ取って裸、切り刻まれるまでもう少しだけお預け。
それから嵐山が静かな視線で「良し」の合図。
犬のように大人しく待っていた梅丸が手を伸ばす許しが出た。

噛むほど口腔に溢れてくる、酸味を含んだ林檎の蜜。
動物も人も同じ物を愉しめるのは微笑ましい。


「そういやまだ訊いてなかったんね、あの子って名前何なん?」
「……とげまる。オスだから。」
「そうなん?とげまるか……、俺と名前似てるんね。」
「スピッツのアルバムから付けたんだよ。自意識過剰だな、ばーか。」

勢い余って舌まで覗かせる。
「馬鹿」は余計だが、子供じみた悪態が却って可笑しい。
冷淡な嵐山しか知らないクラスメイト達が見たらどう思うやら。


軽い欠伸に、林檎の欠片を突っ込んでデザートは終了。
まだ宵の口でも梅丸には疲れが滲んできた。
部活の方がよほど身体を動かすが、今日は色々ありすぎて。
こんなに長く嵐山と向かい合っていたのは初めて、その所為だか。

そんな訳で少々ぼんやりしていたものだから鈍くなっていた。
嵐山に掴まれた片手。
ただ繋ぐなんて甘い真似はしない、指先を噛まれた。

「ユウ、何してるんさ?」
「別に……、とげまるの真似してるだけ。」

とげまるは舐めただけ、歯を立てたりしなかったのだが。
牙が食い込むと流石に痛い。


懐かれていた事をやはり根に持たれていると見た。
怒りの矛先はとげまるにも。
おやつで膨れた腹を執拗に弄られ、丸い目が困っている。

「そんな押しこくるんでねぇよ、食った林檎出てきちまうべ……」
「余裕だな、お前は相手の心配してる場合じゃないのに。」

ああ、もっと酷い事をされるのか。

睨む目と声の冷ややかさに、梅丸も意味を悟る。
苛立ちの感情が混じって行動も雑になっているのだ。

とげまるを解放したら、今度こそ梅丸にお仕置きの時間。
噛み付いたのはまだ挨拶程度である。
ペットと遊ぶのは終了と袖を引かれるまま連行されていく。
階段を挟んで向かい側、嵐山の部屋へ。



昼に荷物を置いたきりで、部屋の中を眺めている暇はなかった。
カーテンだけ開いた窓からはガラス越しに街灯り。
辛うじて位置が分かるベッドへ乱雑に放られ、梅丸の背でスプリングが軋む。

嵐山とは"こう云う関係"だったと思い出した。
寧ろ、今まで和やかに過ごしていた事の方が珍しかったのだ。

少女だと思っていた頃は梅丸にとって初恋。
再会で少年と知った時に望んだ関係は友達だったが、嵐山は拒絶した。
家に遊びに来たり、一緒に勉強したり。
それは何処かで抱えていた念願だったのかもしれない。


此の期に及んで、初めて少しだけ寂しくなった。
流石に泣いたりなどしないけれど。
仮にそうだとしても、こんな薄暗がりでは気付かれまい。

全て受け入れる梅丸は情交に無抵抗、今日もまた。
意志を持って帯が解かれる。


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2015.09.27