林檎に牙を:全5種類
引き摺っていた気怠さを、二度目のシャワーで流した。
大理石の風呂場は光と調和していた昼と違う顔。
近隣が寝静まった夜に此処だけが明るく、湯気は窓の闇に溶けていく。
雨に似た水音を耳に響かせながら。

白く曇った鏡、映し出される梅丸の身体にも変化。
肌に咲き零れるのは赤い名残。


ベッドに倒れ込んだのは夜の帳が下りたばかりの頃。
熱に任せても沸点を繰り返したら、知らぬ間に眠りへ落ちる。
目を開けたら日付が変わっていた。

前から嵐山は凶暴だと思っていたが、学校ではまだ抑えていた方。
巣では嬉々として何も遠慮なしだった。

梅丸もある程度は頑丈なので壊れたりしないけれど。
それに別の収穫もあった。
欠伸をして横を向いたら、牙の抜けた寝顔。
あれだけ食い荒らした後でそんな可愛い姿なんて反則だ。


湯上りに再び浴衣を羽織っても、寝直す為ではない。
襟を正して帯も固く。
そもそも眠気など何処かへ消えてしまった。

「本当にその格好で行くのか?」
「ん、嫌ならユウだけでも着替えてくりゃ良いがね。」

突き放すようにも聞こえる物言いに、嵐山は不機嫌そうに顔を顰める。
こうなってしまえば意地。
迷いを断ち切って浴衣のまま玄関から飛び出した。
梅丸も同じく続く、目指すはコンビニへ。


折角なので夜の散歩。
夏なら可笑しくないし、人目もほとんどあるまい。

本来なら浴衣にスニーカーはアンバランスなのだが。
二人とも髪色が明るいので、見ようによっては崩した雰囲気がお洒落。
似合う物を身に着けているので様になっていた。


並んで歩く深夜の住宅街。
もうすぐ大通りに出るので、流石に手を繋ぐ事は許してくれなくても。

袖から、裾から、夜風が抜けていく。
剣道で袴なら着慣れていたが、夏は暑く冬は寒い造り。
部屋着用の浴衣は実に快適だった。
用意してくれた嵐山には感謝しなくては。

「浴衣、本当にありがとな……今更だべか。」
「何が?別に……」

礼を口にしても、何故か微妙に尖った空気。
その理由を梅丸は薄々気付いていた。
正解かどうか、問い掛けるタイミングを計りかねつつも。


目を光らせた車が行き来する通りへ。
大型スーパーなどが立ち並んで生活には便利だが、大抵の店は眠った後。
それすら少し過ぎれば田畑ばかりになってますます寂しくなる。
遠目に、毒々しいピンク色で輝くラブホテルの名前。
他に客を快く迎えているのは目的地のコンビニくらいだった。

夜から切り取られて、明るさを保つガラス張りの店内。
二人ぼっちから外界へ戻って来た。
実感すると、それは少し寂しいような可笑しな気分。


小動物と遊んだ後なので、コンビニは何だかガラスケースに見える。
透明な壁の向こうには夜行性の人々。
髪色の派手な少年から草臥れた作業服姿の男性まで。
まだ寝床は遠く、好き勝手気儘な活動時間。

そうして、もう入口間近に差し掛かった頃。
ふと嵐山が足を止めた。

「やっぱり、帰る。」
「何なん……?」

不自然な言動で裾を引かれて、梅丸が首を傾げる。
思ったよりも人が多くて怖気づいたのか。
浴衣姿が恥ずかしくなった、なんてあまりにも急だろう。

他人は大して周りなんて気にしていないし、そもそも一期一会なのに。
そうでないとしたら帰りたい理由は。


「えー……、ちょ、何で逃げようとすんの先輩てば。」

ガラス戸から顔を出して訝しむ声が一つ。
金髪の少年が手招きする。
それに対し、嵐山の恨めしそうな表情ときたら。

なるほど、顔見知りが居たとなれば話は別か。
横から睨まれても、見つかったのは梅丸の所為じゃない。


「呼んだりするな、恥ずかしい……お前こそ何やってんだよ、巽。」
「僕いつも毎週この時間には来てるよ、近所だし。」

結局、会話はコンビニの中で。

クラスメイトなら怯みそうな嵐山の眼光も、相手は受け流す。
水曜日発売の「週刊少年アクセル」を片手に。
先が気になる作品があって、会計前につい立ち読みしていたところか。

遠目では何処の不良かと思いきや金色の巻き毛は本物、そして碧眼。
田舎の中学校にハーフだかクォーターの生徒が居れば目立つ。
一つ下の学年、巽和磨は何度か見掛けた事があった。
今日初めて肩を並べてみて気付いたが、梅丸より背が高い。


それはそうと、嵐山が親しげに誰かと喋っているのも初めて見た。
和磨がやたら柔らかい所為か、棘が当たらないのだ。

誰にでも刺々しいので嵐山は友人が少ない。
忠臣のような神経質なタイプなんて最も駄目だろう。
同じでなくとも、和磨は青葉と似たタイプかもしれない。
マイペースを崩さず飄々とした雰囲気。


「ところで今日お祭りあったの?気合入った格好してるね。」
「あったとしても終わってるし、何処でも良いだろ。」
「いや、その生地もう浴衣にしたんだなと。仕事早いよねぇ先輩。」
「…………黙れ。」

避けられない浴衣の話題に、あからさまな苛立ちを突き付ける。
しかし嵐山の場合はいつもの事。
気を悪くする様子もあらず、和磨は雑誌を買って夜へ消えて行った。

それより、和磨の言葉には引っ掛かる物があった。
悪意や嫌味なんて意味合いではなく。


「この浴衣、ユウが作ってくれたんだべ?知ってた。」

取り残された店内で、やっと梅丸も口を開いた。
だから隠す必要なんてないと。

「だからさっき言ったんべな、ありがとうって。」
「知ってても黙ってろよ、野暮だな……」

和服は基本的に手縫い。
大量生産の既製品でなければ、糸目を見ればすぐ判る。

それから多分、とげまるの布団も。
ハンカチを使っているのかと思えば、よく見れば手縫いだった。
指摘に対して「気にするな」と嵐山が返事したのが何よりの証拠である。
ハリネズミのアップリケまで付ける凝り様。


嵐山の苦々しい表情は見慣れたものだったが、今日は少し違う。
珍しく照れて耳まで真っ赤。
色が白いのでよく目立つ、梅丸にとっては何とも可愛い。

此れ以上は本当に怒らせそうで、もう話題は終わり。
流石にコンビニでは噛み付いてくれないし。


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2015.10.17