林檎に牙を:全5種類
プールの青は何処か憂鬱に似ている。

もっと暗い色の筈だと言う者も居るが、ただ見ているだけなら綺麗なのだ。
どんな悲劇も他人にとってはロマンチック。
包まれれば息苦しくても、沈んでいけば意外と心地良い。


水に身を任せていたら、大きな手に捕まえられた。
抗えずに引っ張られて強制浮上。

「溺れてるのかと思っただろ。」
「生きてますよ。」

眼鏡が無いので不明瞭になった視界。
それでも誰かなんて間違えようがなかった。
焦りの混じった拓真の声を鼻で笑って、遼二が答える。
絶えず流れる青の中、確かに両足で立ったまま。



お出掛け日和となった週末の午後、市営の温水プールは空いていた。
跳ね上がる飛沫も何処となくドームに虚しい反響。

此処は常夏でも、季節が冬に近付いてきた今日この頃。
遊びに行く場所も服も幾らでもあるのだから、水着を選ぶ事は少ないだろう。
よほど水泳が好きかトレーニング目的か。

黒羊を思わせる遼二の髪も、すっかり濡れてボリュームを失う。
適温が保たれた水に浸っていると眠くなってきそうだ。
ただでさえプールは全身を使う。
小一時間も居れば緩やかな疲労感で欠伸が出た。

今日は子供も多くはないので、はしゃぐ声もたまに耳を通り過ぎる程度。
青一色の広い空間は賑やかさよりも和やかな雰囲気。


高い天井、ガラス越しに強い陽射しが降り注ぐ。
水着一枚の素肌にはやたら熱っぽく。
ああ、昔来た頃と変わらない。
目を閉じると、思わず在りし日に戻ったような錯覚すら。

「何だよ、寝てるのか?」

追想を邪魔する声が再び。
飲み物を買いに行った拓真が戻って来た。

プールサイドの片隅で微睡んでいた遼二は、眉間に皺の寄った顔。
不機嫌な訳ではない。
よく見えないだけ、そう云う事にしておいてほしい。


周囲が水で溢れていても口に出来ないので、何だかますます喉が渇く。
温いプールに浸っていると気持ちもぼやけてきてしまう。
刺激が欲しくて、ホットコーヒーを啜る。
砂糖は欠かせずとも、煮えた苦味が喉を伝って全身を巡った。

拓真とプールに来たのは今日が初めて。
それにしても、と遼二が口を開く。

「泳ぐの得意だったんですね……、意外と。」
「意外ってのは余計だな。」
「だって保志さん、いかにも沈みそうな感じですし。」
「……昔はトレーニングでプール通ってたんだよ。」

重そうで無骨な容姿からして浮きそうには見えないので少し驚いた。
飽くまでイメージだけの話でも。

拓真曰く、ボクシングは水泳と同じ筋肉を使うそうだ。
ただ競技の練習をしているだけでは甘い。
それに、元から水泳も好きだったので良い気分転換になったと言う。


「僕も、昔はよく此処に来ましたよ……友達に連れられて。」

「昔」は拓真と隔たりがあるが、そこは指摘しないでおいた。
年の差からくる違いなんて今更の話。
遼二の場合は、大人からするとつい最近であろう数年前。

あれは紅玉街に転校して来てから初めて出来た友達。
拓真とはまた毛色の異なったタイプ、虎のような男子だった。


大柄な同性に欲情する遼二は彼にもそうした目を向けていた。
注意深く隠しながら何年も、今でも。
ただ、恋愛対象にはあらず。
結局のところ"友達"でいたくて、触れる気はなかったのだ。

水に潜ると大はしゃぎする虎だった。
遼二もプールは嫌いではないけれど、そうでもなければ縁が無かった場所。
今、此処に彼が居ないのは何となく妙な気分。

胸の中、不純を伴った青い記憶がそうさせる。
浮上すれば今でも痛々しい熱。


無言を貫いていた唇で、冷めかけた紙コップの中身を飲み干す。
コーヒーの所為にして相殺。
そうして、隣に居る恋人に声を掛けた。

「そろそろ帰りましょうか、僕は気が済んだので。」
「勝手だな、まぁ良いけどよ……」

拓真も残りのコーヒーを飲みながらも、腰を上げて従う。
片付けようと一気に煽って上下する喉元。
またも遼二は目を細める顔になるが、今度は何処か眩しげに。

晒されたままの骨太な身体。
噛み付いたら、今日は塩素の匂いがするのだろう。

密かに遼二が心待ちにしているなんて拓真は知らない。
淡い憂鬱も、それが塗り替えられた事も。
独りを忘れた世界で。



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2015.11.24