林檎に牙を:全5種類
日暮れから初めて青葉が空を見上げたのは、駅の喧騒を後にした住宅街。
先程まで背の高いビルに囲まれていたものだから気付かなかった。
開けた東には、澄んだ闇を切り取る満月。
橙色に近い禍々しさの赤い光。

「夕暮れと朝焼けの太陽は赤いだろ?月も昇る時と沈む時は同じデスよ。」

思わず目を細めた青葉を何処か小馬鹿にするような声。
娯楽も教養も貪る読書家は博識。
頭の中でページを捲って、忠臣が解説する。


早朝からの日帰り旅行でも、地元に着く頃には夕方。
時計を見ながら電車やバスを乗り継ぐので慌ただしくなる。
若い身にもじわじわと疲労感。
観光地なんて人混みの中に居たので尚更だった。

空を眺めるのは余裕が出来た証。
自販機で買った紅茶を一口、気持ちも幾らか潤った。

忠臣の方は大人ぶって最近コーヒー派。
顰めたような顔なんて生まれつき、苦味に耐えている訳ではなく。
そう云えば甘い物を控えるようになってきた。


確かに、こうして青葉が知らない事を口にすると成長を感じる。
同い年だからこと云うか何と云うか。

そもそも太陽が赤いのは、と大気の影響についても語り始めた。
青葉の耳はパーカーも合わせて4つ。
相槌を打ちつつ右から左へと聞き流しても良いが、今日は口を挟みたい気分。

「がっつり文系なのに理系みたいな事言うね、忠臣。」
「文系的なら「月が綺麗ですね」は「愛してる」だけどな、もう見飽きてるんデス。」

夏目漱石を引用した忠臣がうんざりした溜息。
大気云々も何処へやら一転、密かに募っていたらしき苛立ちを露わに。
ああ、それなら青葉も聞き覚えがある。
近年になってすっかり定着してしまった愛の言葉。


「最近「月が綺麗ですね」と「睫毛長いですね」は同じくらい見掛けマスよ……」

「身近な美に気付いた」と云う意味なら確かに同じか。
麗しい物に惹かれる人間の性。

文章を読む量が多いだけ遭遇する確率も高くなる。
そこに本さえあれば、忠臣はジャンルを問わずに愉しむ。
恥ずかしくなるくらいのラブストーリーでも。

「知ってる人多いなら、分かりやすくて良いんじゃない?」
「そんな乱用されまくってる台詞じゃ、作品自体の印象も薄れマスから。」


月から愚痴が始まってしまう辺り、捻くれ者の忠臣らしい。
黙って観賞していれば良いものを。

「望月」の意味するところは満月。
同じように月を名前に持つ青葉としては、何となく複雑な心境。
自分に文句を言われている訳ではないと分かっていても。
バッグを背負い直して、再び視線は空へ。


何だかホラー映画のワンシーンを思い出す赤い月。
それなら、きっと今は冒頭だ。

不意の脅威で二人仲良く最初の犠牲者となり、スクリーンに骸を晒す。
赤い月の下、血の色に染まって。
本より映画が好きな青葉はこんな事をつい考えてしまう。

「私死んでも良いわ」なんて、愛を伝える台詞としては此方も有名どころ。
冗談でも忠臣には「重い」と一蹴されそうな。

今宵、月の出はある意味とても幻想的。
同じ物を見ていたって、抱く感想なんて人それぞれである。
ファンタジーに浸っても良いじゃないか。


「……それに、月はいつだって綺麗なのは当然デスから。」

けれど現実、不意に忠臣から投げられたのはこんな言葉。
不吉な妄想で遊んでいた青葉は少し驚いた。


「わざわざ「綺麗」なんて口にするまでもないデスよ。」
「こんな赤い月でも?」
「何だよ、赤かったら綺麗じゃないんデスか?」
「いやー……そう来るか、と。」

「月が綺麗」は「愛している」なら、今の台詞の意味するところは。
「どんな君でも愛しているに決まっている」なんて訳になるのではないのか。

深読みすれば、青葉の方が何となく気恥ずかしくなる。
忠臣が全くの無自覚だと分かっていても。

一緒に居るのが、自分でなく女子なら良いムードになっただろうに。


「分かってても、女の子は言葉を欲しがると思うけどね。」
「そうだな……それまでに、もっと気の利いた言葉考えておきマスよ。」

赤い月に見下ろされる帰り道。

それは不気味でもあれば、美しくもあり。
死も愛も浮かび上がる光。



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2015.12.01