林檎に牙を:全5種類
月光の届かない夜はテーブルランプだけが頼り。
眠らない素肌を二つ浮かび上がらせ、シーツに影を落とす。

荒々しく息と欲望を吐いて、小柄な捕食者は獣の目で見下ろした。
相変わらず憎しみに似た色の視線。
静まった夜の寝所、口を塞がれた梅丸は怯みもせずに受け止める。
底の見えない沈黙と云う感情で。


やがて見つめ合いは舌打ちで破られた。
最後にもう一つ牙を剥いて、嵐山が梅丸の轡を噛み千切る。

キスにしては随分と野性的な。
情交の名残、濃い唾液が糸を紡いだ。
それもまた嵐山はベッドの隅へ吐き捨てて、顔を歪める。

「……僕が何しても怒ってはくれないんだな、お前は。」
「何なん、怒るような事あったん?」

愛など口にしないし期待もしていない。
それどころか苛立ちを投げ掛ける嵐山に、梅丸は掠れ声で疑問を返す。

何とか上体を起こして、互いにシーツの上に座り込む。
情交の後だと云うのに今日は苦々しくなる予感。
甘いピロートークなんて夢の夢である。


最近の嵐山はいつもにも増して乱暴な触れ方をしてくる。
察するにどうやら故意だったらしい。
そうか、気の所為ではなかったのかと最初に梅丸は納得。
尤も、ベッドに限らず優しかった事などないのだし。

今日なんてきつく紐で縛られて、思い切り噛み付かれた。
呻いたら「雄豚」と冷たい言葉まで浴びせて。
まだ梅丸の手足は自由を奪われたまま。

それで両者が滾ったかと云えば、そうでもなし。


正直な話、梅丸からすれば焼豚だかハムにでもなった気分だった。
そうこうしているうちにラーメンが欲しくなって、轡の口許が涎で濡れる。
夜中の運動、ただでさえ育ち盛りの食べ盛り。
性欲と食欲で生理現象のせめぎ合い、腹が鳴りやしないかと集中できず。

流石にこんな色気の無い事は言えない。
火に何とやら、此の場合の油はラードである。


「ユウ、悪ぃ……」
「そうやって、またすぐ謝る。」

身が入ってなかったのは本当に悪かったと思う。
しかし嵐山は気付いていなかったし、怒っている理由も違う。
熱情のまま牙を突き立てる情交。
それに対し、ただ受け入れるどころか謝罪を口にする。

事実、無表情を保つ梅丸はそう云うところがあった。

うるさいと睨まれれば、自分が騒いだ訳でなくても折れる。
棘を刺されれば多少は痛むだろうに、そうした感情が見えないのだ。
いっそ、ぶつかり合いになった方が人間味もあるのに。
こうした冷静さが嵐山を一層苛立たせる。


「梅丸はいつも僕が何しても拒絶しないよな。
 それって……、大人しくヤラせてれば良いとか思ってないか?」

以前から密かに悩んでいた事か。

酷い言葉を吐いて、嵐山の方が痛みを堪えている表情。
噛み付く鋭さを持った瞳にランプの光が揺れる。
それも一瞬、瞼をきつく閉じて俯いた。

光の正体は涙。
裸の肩を震わせて、雫が一つ二つ零れ落ちる。


嵐が通り過ぎるのを待っているだけ。
なんて、そんなつもりは無かったのだけれど。
繋がっていたいと感じているのは梅丸だって同じなのに。

抱き締めたいけれど、まだ肌を締め付ける紐の所為で侭ならず。
今日は手首だけでなく肩まで固定されてしまっていた。



illustration by ういちろさん

腕が使えないのならば獣になりきるしかない。
そっと縮めた、膝の距離。
梅丸の舌先は飼い主を慰める犬、涙を拭った。

嵐山が面食らったのは当然。
赤い目を丸くして、何処か幼い表情。

此れで抱き合えばハッピーエンド。


「面倒になっただけだろ、お前……!
 こうしとけば泣き止むだろうとか、考え透けてるんだよ!」

ところが残念、喧嘩も物語も幕を下ろさない。
悲しみが怒りに変わっただけ。
吊り上げた目から涙はもう引っ込んだようでも。
そうして荒れ具合は雨から雷へ。


あぁもう、梅丸にどうしろと云うのだろう。

こんな状況になっても尚、さっぱり怒りが生まれやしない。
自分でも驚くほど心が波立ったりしないのだ。


確かに、いちいち反応していたら嵐山の相手など出来ない。
機嫌が良かろうが悪かろうが憎まれ口が基本なのだ。
何も起きないなら平和が一番。
諍いを望むなんて、なんて面倒な奴だろうかと溜息が出る。

それは、とてもとても可愛い。


「……おい何笑ってんだよ、梅丸。」

今度は嵐山が溜息を吐く番。

情欲を放出して、感情も爆発させて、流石にそろそろ落ち着いた。
熱を燃やし続けるのは非常に疲れる。
放心やら呆れやら混ざって、どうでも良くなってきた頃。

「もう良い、お前やっぱり何処か頭おかしい。」
「ユウを可愛いって思う事がそんなに変なんか?」

プライドの古傷に梅丸の言葉。
それでも触れ方は優しく、嵐山は心地良さを隠し切れていない。


梅丸が冷静である事は正解だが、全てではあらず。
感情の沸き立つ点が他人と違うのだ。
心が動くまま言動を示すとするなら、こうなのだから仕方ない。

悲しみでも怒りでも、激情する嵐山を愛しく感じる。
いつも退屈そうな目が変える色。
もっと見たいと騒ぐ欲望。
それが梅丸の為の感情ならば、こんなに歓喜する事など他にない。

嵐山と過ごしていて芽生えるのは甘ったるいものだけでない。
こんなに捻くれた面が自分の中にあったなんて。
梅丸にとってはその毒気ごと愛しい。


「なんか、もう……、無駄にお腹空いただけだな。」
「ん、じゃあ下で何か食うべぇか。カップ麺とかあるんかいねぇ。」

意地を張っても食い気には勝てない。
夜中の台所を漁る事になるのだ、悪い子になって。

雨の後でなければ見えないものだってある。
びしょ濡れの跡は燦然と。
綺麗なだけでなくたって、欲望も感情も七色。



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2015.12.09