林檎に牙を:全5種類
ホットドリンクはコーヒーと紅茶の二択。
レモンティーに決めたところで、折角だからともう一品注文する事にした。
そこまで空腹でもなく、そもそも昼食時にはまだ早い。
甘い物ぐらいなら丁度良いか。

メニュー表にホットケーキもあったが、少し子供っぽい気がしてやめた。
梅丸の前ではつい背伸びしがち。
そうして、ガラスケースから嵐山が選んだのはアップルパイ。

「たまには自分で作った物以外も食べたいしね。」

ハリネズミのとげまるは果物が好きで、おやつにはよく林檎を与える。
丸齧りする訳でもないので残りは嵐山の口に。
そのままだと飽きやすい為、パイにして食べてしまうのだ。

お菓子作りなんて言い表すと立派だが至って簡単。
薄切りにした林檎にシナモンシュガーを振って電子レンジへ。
冷凍パイシートで包み、今度はオーブンで焼けば完成。
大きめに作って軽食にする事もある。


「そうなん、俺には作ってくれた事ないんね。」
「何だよ、梅丸……」

批難なのか拗ねているのか、それとも深い意味は無いのやら。
相変わらず無表情なので判り難い。
ただ、翻訳すれば「食べたい」と云う事で間違ってないらしい。

「あー……、今度な。」

条件反射で尖るだけでは梅丸に効かないのだ。
だから嵐山も曖昧な返答ではぐらかした。
約束のようでいて、永遠に叶えるつもりがない拒否にもなる。

それに、嫌なのかと訊かれたら今度こそ返事に困ってしまう。
どっちつかずの態度は嵐山自身の為でもあった。



注文から数分、言い難い気持ちにさせたアップルパイはテーブルに届いた。

フォークよりも先に手を伸ばしたのはカップの方。
陶磁器越しの熱で指先から芯が溶けていく。
店内はほんのり暖かくても、道中で冷え切っていた嵐山には痺れるほど。

唇に触れるレモンと、喉へ流れ込む琥珀色。
清涼感のある香りで全身が満たされて、静かに一息吐いた。


二人分の注文は到着も同時。
向かい合わせにも喫茶店自慢の一品、梅丸の方を思わず見上げた。

大粒の苺とホイップクリームで高く築かれたタワー。
ガラスには鮮やかな紅白のストライプ。
随分と顔に似合わない物を頼んだものだ、パフェなんて。
そこまで甘い物に飢えていたのやら。

「見てるだけで甘ったるいね。」

呆れ混じりの憎まれ口だけ残して、やっと嵐山もフォークを握った。
銀色の切っ先で突き崩せば、焼き立てのパイは粉々。
大きめの欠片を集めて口に運んだ。
まだ温かい林檎がバターとシナモンの甘味で舌に溶ける。

「苺やるから、ちっとんべぇ俺もパイ貰って良いか?」
「やっぱり食べたいだけじゃないか、お前……」

「ちっとんべぇ」とは「少し」の意味。
睨んで見張る嵐山の前、梅丸が林檎を一切れ浚って行った。
代わりにクリームまみれの苺を置いて。

ふんわりと苺を包む真白はそれだけで甘ったるい。
余計に果実を酸っぱくさせる気がした。
此の感情に似て、なんて表現すれば一人で恥ずかしくなる。
「美味いか?」と梅丸に訊かれても無言。


実際には廃墟でなくとも、此処はやはり時間が止まった錯覚。
窓の外では忙しなく行き交う車。
騒がしい新成人による祝いの席も遠く、ありもしない厚い壁を感じた。

ああ、それにしても今日は何とも真冬の痛みが鋭い。
晴れていても凍てつく風が吹き荒れる。
バスに揺られてきた間は快適だったが、降りればまるで北国。
店までの徒歩数分で体温が奪われてしまった。


「自分で車の運転出来れば、こんな寒い思いしなくて済んだのに。」
「まだ3年も掛かるんね。」
「……3年後の今頃だって受験だろ、どうせ。」
「そうだんべな。ユウも俺も誕生日遅いし、免許はその後か。」

耳を疑う発言は何の気なしに流される。

どうして誕生日の事を。
教えた覚えなんて無かった筈なのに。

「あぁ、学生証置きっぱなしになってた事あったんべ。その時に。」
「……お前な!」

「勝手に」や「見るな」と続けても、そこは建前。
嵐山が激高した本当の理由は羞恥心である。

大抵の証明写真とは写りが悪い物。
顔立ちが整っていても、ただでさえ吊り目の嵐山の事だ。
本人でも見るに堪えない出来なのは言うまでも無し。


「お前のも出せよ、今。僕だけ不公平だろ。」

恐喝染みた物言いでも、納得した梅丸は至って素直に渡す。
冷たい吊り目の彼だって同様。
詰襟の指名手配犯が映っていて、嵐山が嘲笑を一つ。

それから、横に記載された氏名と誕生日。
アヒルが並んで2月2日。

毎年固定された日付ではないものの節分の近く。
何だ、もう来月じゃないか。
誕生日だからとプレゼントでも要求されるかもしれない。
そうしたら豆でもぶつけてやろう、と思っていれば。

「奇遇なんね、ユウもゾロ目だべ?」
「まぁ、そうだけど……」

嵐山は耳の形、3月3日。
雛祭り生まれの日本男児なんて笑えない冗談。

そうでなくとも中性的な嵐山は少女に間違われやすい。
子供でもあるまいし、もう誕生日にはあまり魅力を感じないのだ。
中学生になってからは複雑な気分になるだけ。


淡いブルーになれば、そのうち不安は誘発されてくる。

ハンドルを握れる年齢になった時の事だ。
つい先程の言葉「3年後の今頃」。
嵐山自身が口にした事なのに、こんな気持ちになるなんて。

今まで見ないふりをして勉強で気を紛らわしてきた。
受験が終われば、それも出来やしない。

自分は、彼は、一体どうなっているのだろうかと。


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2016.01.17