林檎に牙を:全5種類
途中まで書いといて放置、て状態が長い事続いてた物だったりします。
消化するまでは先進めないつもりで一気に仕上げ。

ホットケーキ焼けない和磨と妙に男らしい深砂、いつもの話。
来訪した瞬間こそ部屋の匂いと云うのはよく判る物である。
ドアを開けて早々、深砂の鼻先に甘い空気。
焚かれた花の香の所為ではない、バニラの焼ける香り。

室内を見渡さずとも匂いの正体は分かった。
テーブルの上、焼き立てホットケーキが一人前。


「あー、和磨君一人で良い物食べて……」

腹立たしさ混じりで呟こうとも当人の姿は無い。
折角こうして逢瀬に来たと云うのに。
脚を崩して座り込んでも、視線はテーブルの上。

メープルシロップが滴る金色に、溶けて流れるバター。
"お食べなさい"とばかりの香り。
普段は相手の食べ物に手を出すなど御法度だが、魔が差したと云うか。
少しだけ端を摘んで口に含んでしまった。
ほとんど無意識のうちの出来事。



「あっ……、深砂ちゃん、食べちゃったの?」
「ごめん、少しだけね。」

予想通り、然程待たせずに和磨が部屋に戻って来た。
複雑な表情でドアを閉める。
深砂の訪問よりも、欠けたホットケーキを見て。


「えっと、あの……、美味しい……?」
「んー、そんなには。」

恐る恐るで訊ねられても深砂は容赦無し。
首を横に振って"否"と。
あからさまに和磨が肩を落とそうが、訂正などせずに。

実際、此れを美味いとするには癖がある。
火は通っているが膨らみが足りず、もちもちとした食感。
焼き色も薄いので火加減の問題だろう。
不味くはなくとも、ホットケーキとも言い難い。

「僕が焼くと、こうなるか焦げるかどっちかなんだもん……」

和磨には予測済みの事態だったらしい。
口篭もって白状するにも、視線を外して気まずげ。

自尊心の高い者ほど簡単な事で失敗すると落ち込んでしまう。
市販のミックスを使っているし、混ぜて焼くだけ。
子供だって作れると云うのに。


「あぁ、うん、だから一人で片付けようとしてた訳ね。」
「練習のつもりで焼いたんだけど……、やっぱ失敗しちゃって。」
「クレープなら巧く焼けるのにね、和磨君。」
「そうだね、そっちの方が難しい筈なのにさ……」

名誉の為に断っておくが、和磨の料理の腕は良い方。
寧ろ、趣味の一つに数えられる程。

深砂よりも上の筈だと思っていただけに、意外な事実。
何だか可笑しくて口許だけで笑った。
そして、また無造作に摘んだホットケーキを運ぶ。

「もう!失敗って分かったなら、食べないでよ……!」
「嫌だよ、不味いなんて言ってないし。」

美味しくもないけど、と付け加えた深砂が皿を奪う。
心底困った表情の和磨を前に、手掴みのままで食べ始めてみせる。


別に、深砂は空腹だった訳じゃない。

付き合ってきた日々は短くなく、住居を共にする仲。
相手の事なんて解かっているつもり。
だからこそ余計に、だろう。
初めて見た、新たな一面が愛おしいと感じる理由。


「私の、だからね。」

金色のシロップで粘着いた指。
ホットケーキの欠片ごと舐めた舌先に、濃厚な甘味。
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2011.10.24