林檎に牙を:全5種類

illustration by ういちろさん

家には「遅くなる」の連絡一つ、梅丸が漕ぐペダルは方向を変えた。
自転車で切る空っ風は容赦なく頬に鋭い。

そろそろ夕暮れが匂ってくる空を背に、ガラスのドアが開けば一転。
暖かな光に包まれて迎え入れられる。
少しだけ寄り道、ショッピングモールは今日も満員御礼。


スーパーマーケットエリアの入口は特に忙しない。
夕飯の買い出し時、カゴを片手にあちこち歩き回る主婦の群れ。

チョコレートなんてお菓子コーナーでも手に入る。
何なら近所のコンビニでだって。
それでも梅丸の足は真っ直ぐバレンタインの特設コーナーへ。
わざわざモールまで来たのだ、折角だから選択肢は広く。

食料品売り場の奥、ホールの近くに桃色の空間はあった。
何故だかチョコレートが眩しくて、ハートが舞っているかのような錯覚。

こうして棚が設置されたのは約一ヶ月前から。
包装されているとは云えども、此れだけの数が集まれば甘い匂い。
初めて足を踏み入れると鼻腔から高揚が流れ込む。


箱に並んだチョコレートはまるで褐色の宝石。
お菓子とはまず目で味わう物のだ。
惹かれなければ意味がない。
一粒ずつ飾り立てられて、見ているだけで楽しませてくれる。

やはりバレンタインのテーマカラーなのでピンクが目立つ。
そうした情熱的な類だけでなく、青や黒でクールに装ったパッケージまで。


飽くまでもチョコレートの祭典であり、愛の日とは限らない。
むしろ甘い物なら女性の方が好物。
人気の商品は贈答だけでなく、"自分用に"と売り切れ続出。
前日ともなるとコーナー自体が約半分ほどにまで小さくなっていた。

それならもっと早く申し出て、余裕を持って選ぶべきだったか。
梅丸が知らなかったとしても無理はないけれど。
貰う方は兎も角、贈る方なんて初めて。

こんな妙な気持ちでバレンタインを前にするのも。


しかし考えてみれば丁度良かったかもしれない。
今だってチョコレートは沢山ある。
候補が倍の数だったら、きっと悩み過ぎて頭痛が起きていたところ。
贈れる物はたった一つきりなのだ。

それに、手元にチョコレートを何日も取っておけるかどうか。
甘党なのできっと梅丸の方が食べたくなってしまう。

そう云えば、昼食以来何も口にしていなかった。
ただでさえ食欲旺盛な成長期。
空きっ腹に甘い匂いは毒、突っ立っているだけで誘惑に負けそうだ。


当たり前だが、コーナー一帯は女性だらけ。
服やアクセサリーを前にした時と変わらない雰囲気で、楽しげに。
華やかさに拍車を掛けているのはその所為もあった。
男性が混じっていたとしてもカップルくらい。

別に、一人で来ている事を恥ずかしいとは思わない。
テリトリーに侵入して少し申し訳ないだけ。

梅丸も女子だったら誰か誘って来ていたろうか。
何だか思考が横道に逸れてきた。
ただの現実逃避。


「……望月、何してるんさ?」
「えっ、ソレ僕の台詞じゃないの?」

顔を上げたら、疑問が交わされて会話の始まり。

小首が傾げられた所為、見慣れたウサギ耳は右へと垂れた。
梅丸の知る限りそんなパーカーを着ているのは一人。
やはりと云うべき該当者、青葉は驚きつつもマイペースを崩さないまま。
此処のすぐ先にある和菓子屋の包みを提げて。


梅丸も青葉も家はモールの方面なので寄り道の定番。
居る事自体はよくあるとしても、放課後にまで遭うとは思わなかったが。
こんなにも広い3階建ての店内で。

「芹沢が居ねぇのって珍しいんね。」
「いや、そりゃまぁ、昔ほどは引っ付いていらんないって。」

梅丸は小学校高学年からの付き合いだが、青葉と忠臣はもっと古くから。
最初から二人セットだったので欠けていると物足りない。

そんな事は無いと、青葉は首を振ってみせるが。
確かに中学生になってから変化は少しずつ。
春が来れば高校生、また関係は移ろっていくのだろう。

それは別の意味でなら此方も思い当たる節がある。
梅丸が声を掛けても、誰にでも冷たい嵐山は素っ気なかったのに。
間に生まれた感情を育てて一年、今では恋人。
三年生として過ごした日々は実に予想外の事ばかり。


「チョコ食べたくなる季節だよねぇ、僕もそこで生チョコ大福買ったとこ。」

そうして和菓子屋の包みを掲げる青葉は、梅丸の事情に触れない。
男一人でバレンタインコーナーに居たのだ。
普通なら「誰に」や「何故」など質問が山積みになるところ。

余計な事は言わない、訊ねない。
親しくても適度な距離感を保って続いてきた。
踏み込まれなくても寂しくはあらず、梅丸には心地良い。
一組である必要は無い、そこが青葉にとっての忠臣とは違う点である。


「俺も苺大福食ってからにするべぇか……」
「ん、梅さんも和菓子屋行く?」
「ベストの状態でねぇと考え纏まんねぇし。」
「随分と真剣だね。」

二人で一つとするならば、もう嵐山しか居ない。
だから相手に対しては全力で。

「クール」と呼ばれ続けてきた梅丸が秘めた唯一の熱。


← BACK   嵐山side   NEXT →



*クリックで応援お願いします

にほんブログ村 BL・GL・TLブログ BL小説へ にほんブログ村 BL・GL・TLブログ BL小説へ
にほんブログ村


小説(BL) ブログランキングへ


スポンサーサイト

2016.02.11