林檎に牙を:全5種類
「なぁ、此処じゃ駄目なん?」
「何だよ、僕の家に来るの嫌みたいに。」

そう急かさないでほしい。
この時を待っていたのは嵐山も同じなのに。


毎年バレンタインデーは朝から学校全体が浮かれた空気を持つ。
女子同士での交換ばかり目立つが、やはり本命や義理だのと騒がしい。
チョコレートと一緒に思春期の面倒臭さが匂い立つ。
むず痒さが何とも居心地悪かった。

そんな中で、梅丸が「渡す物がある」と鞄を探ったのは放課後の事だった。
あんな話をしてから翌日、そして今日はバレンタインデー本番。
察せないとしたら相当な馬鹿だ。
何しろ、その「渡す物」なら嵐山の方も用意していたのだから。

包みを取り出す前に、梅丸の袖を摘まんで引き止めた。
どうせなら交換の形が良いと。

こうして、自転車を押しながら歩く梅丸と並んで嵐山家へ。
バレンタインなんて下らない。
そう思っていたのに当日に拘った辺り苦笑してしまう。
ドアを閉めれば、やっと二人きり。


無人で冷え切っていた部屋は暖房のスイッチ一つで過ごしやすくなる。
手芸作業用のテーブルに、揃ったカップ。

夏から梅丸が入り浸っている為、彼の物は一通り置きっぱなし。
スリッパに部屋着、歯ブラシや食器まで。
しかし、両親に訊ねられたら返答に詰まってしまう。
それらは全て嵐山の部屋に隠してあった。


さて、これからどうするか。

寒いのでお茶の用意を優先してしまったが、タイミングを逃した気分だった。
渡した時、梅丸を驚かせるのが楽しみだったのは本当。
けれど昨日「あげる訳が無い」と言ったばかりの手前である。
今更、どんな表情で渡せば良いのやら。

頭の回転が速く口も達者。
そんな嵐山でも、梅丸を前にすると少し調子が狂う。

どうしたものかと考え込んでいたら、電気ケトルが湯気を吐く音。
顔を上げてみて嵐山は初めて気付いた。
脚を崩して寛ぐ梅丸、視線の先は。

「あぁ……今日は部屋の雰囲気違うと思ったら、花がある所為なんね。」

先手を打たれ、たった一言で心臓が跳ねた。

窓辺に二つ並ぶ、燃える赤と澄んだ青。
対照的な美しさで咲き誇るのは小さな薔薇のブーケ。


昨日のちょっとした事故、成り行きで手に入れた贈り物。
嵐山からは赤い薔薇とチョコレートの三重奏。
純度の高いチョコレートは溶けやすく、薔薇なんて学校に持っていけない。
だからこそ家に呼ぼうと元から予定を立てていたのだ。

差し出すとしたら、きっと今。

時間なんて限られているのだ、バレンタインデーは今日だけ。
二人きりなら気恥ずかしいなどと言い訳していられない。


席を立った嵐山の手は赤いブーケへ。
摘み取る気分で花瓶から抜けば、蜜の代わりに雫が跳ねた。

「……お前に。」

そのまま勢い余って、真っ直ぐに突き付ける。
ナイフだったら奇襲成功。
薔薇に埋もれた時、梅丸の目ときたら。

そう、此の表情が見たかったのだ。


だから笑ってやろうと思っていたのに。
意地悪を口にする間は無く、引き寄せられたのは突然。
梅丸に抱き竦められて、今度は嵐山が面食らう番。

もがこうとしたら頭の上に掌が載せられて、押さえ込まれる形。
剥がれた赤い花弁が一つ、頬

「おい、何だよ……ッ?!」
「……悪ぃんね、もう少し。」

耳元で囁かれる低音。

極まった感謝だか、柄にもなく照れ隠しだか。
顔を伏せてしまっては判らない。
どちらでも良いか、腕の中に安堵を覚えて抵抗も失せる。


此処から見えるのは迫る夕暮れ。
窓辺に残った方の花には夜が似合う、ますます幻想を帯びていく。

一輪一輪に付き物の花言葉。
嵐山のイメージに合うと言われた青い薔薇は"奇跡"。
自然界に存在しない為、不可能だった色。

また、花言葉は色で変わる。

そこまで考えた時、嵐山は思い出してしまった。
眼鏡で物腰の柔らかい店員から提案された、贈り物の提案。
付け加えられていた「大事な人に」の言葉を。

「男なのに」とは反発したが、そんな相手は居ないと否定はしなかった。
最初は贈る気なんて無かったのだから断れた筈なのに。
それも梅丸に対して赤を選んだ。
赤い薔薇の花言葉は"愛情"、ああ全く、考えるほど恥ずかしい。

もう良い、どう思われたって構わないか。
あの店員とも一期一会なら恥も掻き捨てである。

梅丸には花言葉に気付いて欲しくないような。
それはそれで腹立たしいような。
何となく悔しくて複雑で、それでも"恋"である事実。



カップに紅茶が香り立つ頃、嵐山は腕から解放された。
梅丸の膝の上に腰を下ろす形だが。

贈り物ならもう一つあるのだ。
今度こそチョコレートの方も味わってもらわねば。
指先で摘まみ取った苺の薔薇で、梅丸の唇に触れたのはサービス。
素直に食い付かれると確かに餌付けの気分。

さあ、ようやく嵐山も自分の贈り物と向き合える。
青いリボンの蝶々が留まった箱。
梅丸が真剣に選んできたと云う、チョコレート。


凶暴な手は包み紙を丁寧に剥がしてはくれない。
逸る気持ちもあって、嵐山は水色を遠慮なく引き裂いた。
一方の蝶々はするりと帯に戻る。
千切られては敵わないと、避難するように梅丸が手に絡めて。

「こっちはとげちゃんに。頭にリボン結んだら良さそうだべ?」
「ふぅん……、リボンは僕にくれないって訳だね。」

梅丸からすれば、とげまるにも何か贈り物をしたかったのだろう。
ハリネズミに限らず動物にチョコレートは毒。

ペットにすら嫉妬深い嵐山は少しだけ面白くないが。
自分の物だからこそ破くのも嵐山の勝手。
紙の下から現れた可愛らしい缶も。
空いたら小物入れにでもしようと考えながら、いざ開封。

中身は凝った細工のアソート。
一粒一粒が、まるで生きているかのような。


「梅丸さ、僕にはハリネズミあげとけば良いとか思ってるだろ。」
「ん、ユウが一番好きなものだべ?」

嵐山は何処か呆れた苦笑。
缶に棲まっていたのは、チョコレートのハリネズミ。
甘い匂いで誘惑するくせに食べてしまうのが勿体ない出来栄え。
小さな棘まで愛らしく、くりくりした目を向けて。

ガラスケースで寝ているとげまるに、よく似ている。
対面させてみたら面白そうだ。


「それに、ハリネズミは幸運を呼ぶらしいんね。」

どうせ箱に書いてあった宣伝文だろう。
内心そうして毒づきつつも、嵐山は一匹捕まえて笑った。

幸福なんて、もう此処にあるのにと。


illustration by ういちろさん


*end


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2016.02.14