林檎に牙を:全5種類
劇中の小田切渉君はりんごあめからお借りしてます。

そして来たるカラオケ大会当日は、朝から浮かれた雰囲気。
楽しい事に貪欲な年頃なのだ。
合唱コンクールとはまた違う音楽の祭典。
歌い手も聞き手も、学校中が放課後を待ち望んでいた。

開催前の数日間、休み時間のたび校舎の何処かしらで聴こえてきた歌声。
それらが一堂に会してスポットライトの下で流れるのである。
「たかがカラオケ」だなんて切り捨てるには勿体ない。


授業の終わりを告げる鐘は体育館に集合の合図。
いつも運動部がボールを追って騒がしい空間は、今日だけ様変わり。
椅子を並べ、カーテンを閉じ、ステージは準備万端。
自由参加とは云えども席が埋まり始める頃。

勿論、本日の主役達だって。
肝心の出演者もステージの支度に追われていた。

今日の為に練習や準備をしてきた筈なのに、どうも慌ただしくなる。
本番を迎えて一番の敵は緊張だろう。
大勢の前で歌い、人によっては演奏やパフォーマンスまで。
なかなか度胸が必要とされる。

楽器を抱えたり、ステージ衣装に着替えたり。
毛色の違う集団はぞろぞろと舞台裏に集結し、出番を待つ。

その中には、オレンジのジャケットを羽織った男子達の姿も。


「今になって少し恥ずかしくなってきた……」
「それ、俺に言うん?」

渉の呟きに、梅丸は少しだけ皮肉っぽい返答を思わず一つ。
普段は無口な彼にしては珍しい事だった。
それが独り言だなんて判っていても。


そうしてしまうのも仕方ない理由はある。

ワックスで先の尖った赤毛はウィッグで隠れ、肩まで垂れたポニーテール。
ジャケットだけでなく心許ない長さの白いスカート。
そこから伸びる脚には、ストッキングで包まれて妙な感覚。

コスプレも男性役だったらまだ良い。
梅丸は女装を披露しなければならないのだ、軽く溜息も吐く。


それにしても嵐山が見たら何と言われるやら。
「大会に出場する」とは知らせておいたが、此の格好までは別。
当日になれば明らかになってしまう事だ、内緒にしていた訳ではない。
タイミングを逃して今に至ってしまっただけ。

ただでさえ練習で二人の時間が削れていた日々。
今度こそ機嫌を損ねて、お仕置きを考えれば流石に少し複雑である。


しかし、グループに誘われた時からピンク役が前提だったのだ。
これも最初から分かっていた事。
覚悟を決める、なんて言い表せば大袈裟。
何事にも淡白なので心底嫌だと云う訳でもなかった。

ただ目の前で贅沢を言われて、ついと云うか。


一方の渉は慌てて否定する仕草。
口を開きかけたが、言い訳は呑み込まれたようだ。
梅丸の事情なら一目で伝わる。

女装までしているクラスメイトに何と声を掛けたら良いのか。
言葉に詰まったのも束の間、肩を叩かれて空気が緩んだ。

「ま、お祭りなんだろ?いつもと違う格好も愉しまないとな。」
「そうだんべね……こんな機会、一生に一度だろうし。」

口許だけでも笑い合えば気が緩む。
ステージの緊張や衣装の照れも和らいだ。
そこに滑り込んでくる感情は、明るい物も暗い物も。

躊躇った一息の後、「それに」と渉が付け加える。
声のトーンが僅かに下がって。


「……俺さ、夏が来たらまた転校するから。良い思い出できた。」

他のメンバーは最後に歌詞を確認したりはしゃいだり。
たった数歩の距離でも区切られたように、聞いていたのは梅丸だけ。

こんなタイミングで明かすなんて。


「だから、それ俺に言って良いん?」
「梅丸なら喋らなそうだから。今からしんみりしたくないし。」
「あーね……」
「別れる事には鈍感になってたんだけどな、お前らの所為だぞ。」

糾弾なんて大袈裟、飽くまでも渉は冗談めかす。
けれど寂しさが絡んでいるのは疑いなく。
確かに、転校してきた時に「数ヶ月だけの間」とは聞いた覚えがある。
クラスメイト達と距離があったのはそれが理由か。

メンバー内で仲が良いのは忠臣だった筈。
読書の趣味が合うらしく、好きな本をよく語り合っていた。

そんな縁から共に大会へ出場するまでになったのだ。
だとすれば、中でも忠臣には黙っているべきか。
怒りっぽい彼の事である、知った時に荒れるなんて目に見えている。

それでもきっと大丈夫だろう。
宥める役割りの青葉が傍に居るならば。


ステージから届く音楽が波を打つ。
間奏を終えて、前の組はクライマックスに向けて声を張り上げた。
巻き起こる歓声と拍手まで、あと少し。

「ほら、次だから皆そろそろ気合い入れてなよ。」
「いつまでも喋ってんなよ、弛んでマセン?」
「よっしゃッ!目指せ優勝!」
「いや、別に勝ち負けとか競ってませんから……」

それぞれ改めて深呼吸の後に顔を上げる。
喜び、楽しみ、緊張も不安も混ざり合って早まる鼓動。
全部纏めて歌声で吐き出す時が来た。


「この歌聴いたら俺らの事思い出してくれ、とか言うべきなん?」
「それはひょっとしてギャグで言っているのか。」

よくある熱血漢の言葉を思い出して梅丸が口にする。
そうして、渉も少年漫画の台詞で返した。
慰めなんて要らないと。

幼い頃に目を輝かせて追っていたヒーロー。
成長してから、今度は自分達が彼らになりきって歌う事になるなんて。
思い出のメロディは重ねた練習で沁み付いてしまった。
今更もう忘れたりするものか。


祈りは終わった、勇者は立った。
足を揃えて、いざ戦場の名を持つステージへ。


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2016.02.29