林檎に牙を:全5種類
青葉と忠臣は無言の時間を共にする事もある。

互いに不機嫌な訳ではなくて、むしろ平和。
何しろ暇さえあれば活字を貪る中毒者が居るのだ。
喧しい忠臣も本を開けば静か。
青葉も青葉で、傍らで好きな事をしているので丁度良い。

気を遣わず居心地の良い時間。
それは幼い頃から変わらない筈だったのに。


最近、忠臣は本を開いても物語に浸っている様子が無かった。
ページを捲る気配があらず、動かないままの指。
どのジャンルであっても何だか上の空。

「何、どったの忠臣?」

無言を破って今日はとうとう青葉が疑問を投げた。
昼休みの図書室は少しばかり賑やかで、声は忠臣にしか届かない。


高校受験は終わった、無事に合格もした。
あとは卒業式を大人しく待つばかりとなった2月後半。
最大の難関を越した後だ、何を悩む事があるのか。

まさか中学校が名残惜しいなんて女々しい理由でもないだろう。
若しくは高校生活に対する不安?
それなら分からないでもないが、頭を抱える程だか。
何も一人きりではあるまいし。

長年の付き合いがある青葉も梅丸も春には一緒。
少数ながらも他の同級生だって。


「……お前には、あんまり言いたくなかったんデスけどね。」
「うん、だから何?」

「何でもない」と誤魔化す事はしない。
何処か腹を括ったような、そんな面持ちで忠臣は言葉を返す。
随分と不穏な前置きだった。

青葉が幾ら思考を巡らせてみたって所詮は無駄。
幼馴染だからとよく知っていたつもりでも、正解は想像の外。


「オレさ……、こないだ女子に告られた。」

唸る北風はガラス一枚向こう側。
どんなに激しくても掻き消されず、その声は耳に。

何故か、青葉が深く静かな衝撃を覚えた瞬間。


「えっ、いつ?」
「こないだのバレンタインに、チョコと一緒に。」
「忠臣そんな素振り見せなかったと思ったけど。」
「あー……帰りにお前と別れた後で、家に直接来て届けられた。」

それはまた情熱的な。
本気の信念を感じて、青葉は思わず溜息を零す。


そうか、バレンタインデーは愛の日でもあったか。
社交的な青葉の方が女子に人気なので、チョコレート自体はよく貰う。
ただ、お歳暮じみた友チョコばかり。
告白なんてイベントは却って遠退いてしまっていた。

知らない下級生からだったら何度かあるものの。
そこは要領が良い青葉の事、上手に優しく断る常套句も持っていた。

一方の忠臣は、目付きと物言いの所為でどうも印象が悪い。
気の強い女子とよく喧嘩になっては負ける。
正直、そんな相手が居るなどと青葉は全く考えてなかった。

図書室の隠れ部屋で味わった、溶けかけのボンボンチョコ。
鼻腔を刺してきたリキュールが不意に蘇ってきた。

まさか、あの後でそんなドラマがあったなんて。


「で、誰?誰?」
「ん……、北倉。」

渋りながらも白状した名前はクラスメイトの一人。

北倉千紗の事は一年生から知っていた。
忠臣の方がどうだか分からないが、少なくとも青葉だけは。
あの頃はショートヘアで線が細く華奢。
相棒の凛子もボーイッシュなタイプなので、並ぶと少年のよう。

年頃の少女は化ける。
三年生になって初めて同じクラスになった時は、もう別人。

綺麗に伸ばした黒髪を花のピンで留めて、すっかり女性的に。
か細かった手足も肉感的になった。
セーラー服を押し上げる胸元は男子の目には毒。
気持ちが揺れるとしたら、それは仕方ないとも言える。


「あのさ……それじゃ、付き合うの?断るの?」
「分からんって。とりあえず、今週中にはお返しして結論出す。」
「ホワイトデーまだ先なのに。」
「来月まで持ち越して待たせるの悪いし、オレも落ち着かないから。」

ああ、そうだ、忠臣は宿題を先に済ませるタイプだった。
こう云う時までせっかちで真面目。

それにしても先程からどうにも違和感が拭いきれない。
皮肉めいた敬語でなく、いつもと違う忠臣の声。
聞き慣れないトーンが青葉を困惑させる。

恋愛関係の話なんて初めてなのだから致し方ないか。
気の所為、と自分に言い聞かせた。

さて、忠臣は何をプレゼントするつもりなのやら。

チョコレートですら種類は山ほどあるのだ。
お菓子で返すにしてもクッキーにマシュマロ、キャンディなど枝分かれ。
そこから一つだけを選ぶのは骨が折れそうだ。

バレンタインが過ぎれば、世間は早業でホワイトデー向きに変わる。
ショッピングモールなら特設コーナーがあった筈。


「あのさ、お返し買いに行くなら、僕付き合っ……」
「要らない。」

一刀両断、申し出は鋭く遮られた。

「オレが選ばなきゃ意味ないだろ、お前関係ねぇし。」

忠臣の立場からすれば尤もであろう返事。
此れは自分の問題、誰かの手を借りてはいけないのだと。

けれど、たったそれだけ言葉だ。
もっと酷い事を言われたり、それを余裕綽々で返すのは得意手。
繊細な人間ではないと自分が一番知っている。
実際、青葉はずっとそうしてペースを保って生きてきた。

なのに、突き放される冷たさは今だけ刺さる。
どうしてこんなに塩辛く感じるのか。


「気持ち悪いな、何デスかそんな顔して?」
「……だって、忠臣がモテるとか信じられなくて。」

真っ直ぐ青葉に向けられる三白眼。
軽口を叩いたら、やっと少しだけ口許の強張りが解けた。
忠臣の頭は誰かの事を考えていても。


遅かれ早かれ、避ける事が出来なかった問題だ。
一ノ助のように「彼女が欲しい」と欲のまま口にしなかっただけ。

そうだとしても、青葉は自分の方が先だと思っていた。
ならば忠臣を見下していたかと云えばまた違う。
何せ、あまりにも本にしか興味を示さないものだから。

彼がそうでも、異性の方が放っておくとは限らないのだと。
隣に立てるのは青葉だけではないのだと。

当たり前の事に気付けなかったと、酷く悔やんだ。


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2016.03.23