林檎に牙を:全5種類
今更潜めても仕方ないのに息が止まりそうになる。
悪事を働いていたのだから固まっても仕方あるまい。
一体、誰だと云うのか。

ほんの数センチの扉、向こう側の脅威。


それにしても「宜しいか」なんて変な事を訊くものだ。
しっとりと落ち着きのある声。
けれど大人ではあらず、記憶を探っても聞き覚えが無かった。
下の隙間から辛うじて足が見える。

学年別で違う上履きの色。
青いラインは一つ下、どうやら二年生か。


「返事がないから勝手に喋るけど……
 あなた方の事は知らないし興味もないし、別に邪魔しに来た訳でもないわよ。
 ただね、此処ではもうやめた方が良いって忠告に。」

「あなた方」と複数形で差した。
恐らく、此処で行われた事の察しがついている口調。

梅丸が口を開きかけたところで嵐山に塞がれる。
対応を買って出て。
ただし、最高潮に不機嫌な表情。

「……お前、分かってて声掛けるとか悪趣味にも程がある。」

成長期に入るのが遅い嵐山は声変わりも済んでいない。
まだ中性的なハスキーボイス。
面識が無ければ性別ぐらい簡単に誤魔化せる。

何処まで明らかになっているかは読めない。
それでも男二人とは、なるべく伏せるべきだろう。


「だって噂になってるわよ……この辺りで唸り声が聴こえるとか、幽霊だとか。」
「あぁ、そう……」
「今は怪談で済んでるけど、木曜に他の子が調査来るから。私、非公式の探偵部なの。」
「何、探偵部って……大体、何でお前は幽霊じゃないって分かった訳?」

訝しんだ嵐山に対して、考え込む気配。
無言の一呼吸には意味があった。

「ねぇ、私の推理を披露しても良いけど……本当に聞きたいの?
 それ全部、要するにあなた達がセックスしてる証拠って事よね。」
「……やっぱり良い、黙ってて。」

ああ、しくじった。

毎回注意を払っていたつもりだが、痕跡が残っていたらしい。
ダイレクトな単語が飛び出ると流石に怯む。
その続きを聞く度胸も無し。


「それじゃ、鉢合わせしたくないでしょうし私は帰るわ。」

用件は手短に、訪問者は去る時間。
一歩引いた足音。

もう此方の心境としてはなるべく関わりたくないところ。
だが、確認しなければならない。
相手の正体が謎のまま秘密を握られる訳にはいかず。

「最後に聞いときたいんだけど、お前誰だよ?」
「建石鈴華。」
「……探偵さ。」

つい梅丸が付け加えた一言。
扉の内と外、勢い良く吹き出したのは同時だった。


あの瞬間、とある少年探偵の台詞が過ぎってしまったものだから。
梅丸の口から滑り落ちたのもほとんど無意識。
あんな時に茶化したお仕置き。
痛くはないが、嵐山に平手で叩かれた後頭部を撫でる。

もう張り詰めた空気も消えて、静かな嵐は過ぎた。

やっと開けられた個室の鍵。
男子トイレの窓からは旧校舎の出入り口がよく見下ろせる。
シュシュで髪を結んだ女生徒の背中が一つ。
あの子かもしれないと、目でぼんやり追いながら梅丸は思う。


制服を直して振り向けば、何だか疲れ切った表情の嵐山。
刺々しさは繊細な部分を隠す盾。
故に、今回の事でダメージを受けているのはあちらだった。

まさか噂にまでなっているなんて。

そこまで広まっているとは失態。
ゴシップに詳しい者と交友が無いので嵐山には伝わってこない。
梅丸だって、そうした話に興味無し。
もし聞いたとしても耳を通り抜けてしまうだけ。

忠告が無かったら、いずれは誰かに見られていただろうか。
助かったような恥ずかしいような複雑な気持ち。


「隠し事の共有なんて梅丸だけで良いよ……」

嵐山が苦い声で呟いたのは本心か。
まぁ、ご尤も。
でもなければ、素直に弱音を吐くなんて珍しい事あるまい。

溜息も束の間、急に梅丸の方を向く。
ただでさえ鋭い吊り目を細めて憎々しげに。

「それはそうと、お前に隠し事されるのも嫌だ。」
「何なん、まだカラオケ大会の事言ってるん?」

一度機嫌を損ねると根に持つ。
別に隠していたつもりはなかったのだが、本当に。
嵐山が怒る事も予測済み。
お仕置きを受けるのも承知の上だった。


否、そうではなくて。

女装の件は単なる切っ掛けに過ぎない。
言ってくれなかったから。
梅丸の事をよく知らないから、接するたびに苛立ちが募るのだ。

触れ合う距離に居ても通じ合っていない。
甘くなくても良いと思っていたけれど、それならば。


「飯行くべぇか、もう昼過ぎだし。」

試験最終日は午後の授業が無い。
今から始めてみても時間なら沢山あった。

お互いの事を知る必要がありそうだ、身体以外も。

「ゆっくりするならファミレスとかかいねぇ。」
「ん、別に良いけど……」

梅雨の合間、久々に雲一つなく晴れた空。
外は太陽で灼けそうなのに、埃っぽい旧校舎は薄暗いまま。
こんな所に居たって夏は来ない。
まずは此処から出るところから始めなくては。



「まずさ、もっと初歩的な情報教えろよ。知らない事多すぎる。」
「そうだんべねぇ、俺が双子だとか。」
「は……?ちょっと、待てよ、聞いてないんだけど。」
「あぁ、言ってねぇし。」

履き替えた靴でコンクリートに一歩。
夏服の袖から剥き出しの腕が陽射しを浴びる。


啼いてばかりの幽霊はもう居ない。

募る話なら明るい場所でしようじゃないか。
日が暮れるまで。


*end


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2016.05.15