林檎に牙を:全5種類
「お帰り、アユ。」

和室の襖を開ければ、炬燵には猫でなくウサギが丸まっていた。
と云っても、垂れ下がった長い耳は偽物。
ふわふわしたマイクロファイバーのパーカーは、まるでアンゴラ。

本来なら女物でも、部屋着にするなら問題無し。
暖かさ重視で細身の青葉が愛用している。


最近、こうして兄の方が先に帰っている事が増えた。
受験は終わって、もう卒業を待つばかりとなった2月後半。
一人の放課後は途端に暇らしい。
これまでだって自由に何処かへ行ったりしていたが、今は事情が違う。

長年の相棒に彼女が出来てしまったから。

卒業前にカップルが増えるのもよくある話。
今頃、忠臣は新しい関係を育むのに忙しいのだろう。
優先順位が変わって、2番目になってしまった青葉は放ったらかし。
兄自身が気を遣ってそうしていても。


青葉の対面に座り込んで、炬燵布団へ脚を突っ込んだ。
温かさにセーラー服の背中も思わず丸まる。

そうそう、ただ寛ぎに来た訳ではなかった。
手ぶらではあまりにも暇過ぎる。
お供には本と、それからお茶とお菓子が必需品。

「アオ、食べな。」

反対側で寝転がっていた青葉からは今まで見えていなかったらしい。
歩が持ってきたトレイに二人分のおやつ。
愛用のカップに揺れる熱々のお茶、それからデザートの皿。

ココアとコーヒーの黒にチーズクリームの白。
ストライプを織りなすティラミス。

「コーヒー苦手なんだけどな。」
「知ってるっス。まぁ、良いから。」


歩が所属するのは礼節を学ぶ茶道部。
今日だって本当は抹茶と草餅をいただいてきたばかり。
育ち盛りの食べ盛り。
後々の夕飯を考えてもまだ胃に余裕はある。

いやそこは置いといて。

母が用意してくれた訳でなく、帰りに歩がコンビニで買ってきた物。
青葉の好物なら団子や大福の方が適任。
それでもティラミスを選んだ理由と云うのも。

「ティラミスの意味って……」
「あぁ、「私を元気付けて」でしょ?もう50回くらい聞きマシタよ。」

皮肉っぽい青葉の口振りは忠臣によく似ていた。
若しかしたら、実際にそんな遣り取りをしたのだろうか。

イタリアンブームの到来でティラミスが流行って20年以上。
ティラミスの意味が有名なトリビアとなって10年以上。
ああ、確かにそれくらいお馴染か。

知っているなら話が早い。


「えー、僕は別に元気だけど?」

伏し目がちの青葉は感情が掴み難い。
物憂げに見えたとしても既に今更、いつもの事。
飄々とした態度で余裕ぶって、相手のペースを狂わせる。
昔からそう云う奴だった。


ウサギは不調を隠そうとする生き物。
狙われないように弱みを押さえ込み、何でもない顔で我慢する。

「忠臣のこと好きだったんスよね、アオって……
 失恋した時くらい泣けば良いのに。」

分かっている、だから強がる必要は無いのだと。


「思いがけない事言うよね、アユって。」
「そうスかね。」
「……僕だって自覚したの最近なのに。」
「わたしは昔から知ってたっスけど。」

フードを目深に被っていて、頭から項垂れた耳。
アンゴラウサギの顔は此処から見えない。

悲しい時でも男は「泣くな」と言われた方が慰めになるらしい。
意地っ張りの性分。
涙は感情を洗い流してくれるのに。

それなら勝手にすれば良い。
お膳立てはしたのだ、後はご自由に。


ウサギは縄張り意識が強く、単独行動の生き物。
群れを成す狼の方がよっぽど寂しがり。
ただし、それは野生の場合。

飼いウサギは世話を怠れば、気付いた時には手遅れ。

人の手に触れてしまったからこそ孤独を知った。
ずっと一匹だけなら気儘で居られたのに。
寂しさなんて知らずに済んだのに。


「ティラミス貰うね、ありがたく。」
「ん、どうぞ。」

召し上がれ、涙で塩辛くならないうちに。


*end


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2016.05.21