林檎に牙を:全5種類
冬の雨とは痛みを伴う。
それほど強い降りでなかろうと、それは矢のように氷のように。
射られ続けては体温を奪って芯まで冷えていく。

窓ガラスを叩いて鳴っては、耳の奥まで沁みる音楽。
屋根の下に居たって何となく落ち着かない。
そうして進之介は雨に打ち付けられる街を見ていた。
手前で湯気を立てるカップだけが熱の拠り所。


バスに揺られて数分後、急に降って来るなんて思わなかった。
傘を持ってないのは少々痛手。
停留所から目的地までコンビニすら無いのだ。

降りて早々に駆け込んだ、黒い塗装の剥げかけた屋敷。
どこぞの金持ちが遺した廃墟にも見えるが、そんな事はない。
此処は紅玉街で名物の一つ。
変わらぬ人気を誇る老舗喫茶店「ソフィア」は今日も営業中。

「なぁ、この店って雨漏りとか本当に大丈夫なんかい?」
「失礼な事言わないの、昕守君てば。」

連れて来られなければ知らないままだった。
それもこれも、向かいの席に着く和磨が誘ったりするから。


思えば、秋頃から休日まで共に過ごす事は少し減っていた。
日曜の和磨は大抵フリーマーケットへ。
転校ばかりの進之介は売るほど日用品なんて持ってないので不参加。
そんな物、引っ越しの度に処分してしまった。

和磨が居なくても寂しいとはあまり思わない。
学校では一緒なのだし。
それも無自覚だった程、すっかり普通に。


いや、そんな事よりも。

久しぶりに出掛けたと思えば、どう云う訳か潰れそうな古い店。
和磨がこんな所を選んだ理由が分からない。
案内された時はしとしと雨ですら凌げるか心配だった。
喫茶店なんて、緑茶を好む進之介にはただでさえ馴染みがないのに。

ただし店内はまるで別世界。
アンティーク調の空間にコーヒーや紅茶の香り、温かい料理。
暖房が効いて、意外と小綺麗に保たれていたので驚いた。


「此処さ、小さい頃はお化け屋敷だと思ってたんだよね僕。」

ハーブティーを一口啜った和磨が、ふと零す。
それから懐かしそうに語り出した。

初めて訪れたのは小学生の頃だと言う。
当時は一ノ助を隊長に数人で組み、よく自転車で探検に繰り出していた。
家族向けのマンションなので同じ学校が多いのだ。
そしてある日、前々から子供達の間で噂になっていたお化け屋敷へ。

一ノ助の背中を追って、息切れしながら遠くまで漕いで漕いで。
ドキドキしたのは扉を開けるまでの事。
店員に「いらっしゃいませ」と微笑まれ、落胆と安堵で探検終了。


「用があろうと無かろうと廃墟に行くんじゃねぇよ……!」
「そうだねぇ、ホラー映画なら死亡フラグだもん。」

まさかそんな事ばかりして遊んでいたのではあるまいか。
廃墟でも持ち主に見つかれば不法侵入罪。
子供だからと云って、やって良い事にも限りがある。

猜疑心で見つめれば、和磨が押し黙って視線を逸らす。
居心地が悪いからではなかった。
照れ臭そうにしているのが腹立たしい、そう云う意味ではないのに。


「まぁね、それは置いといて……
 せっかく紅玉街に来たんだし、昕守君を一度連れて来ないといけないなと。」

話を逸らされた気がする。

それにしたって、何処となく和磨は様子が可笑しい。
変な奴なのはいつもの事だとしても。

名物店だとは確かに分かった。
特徴的で変わった外観に、美味しいメニュー。
緑茶の方が良いと言いながらも食道楽の進之介なら満足できる場所。
先程から楽しめていないのは、和磨の所為だった。

此処に来たかったのは和磨の方ではないか。
一人で来れば良いものを、進之介と二人きりになったのは。


「和磨、俺に何か話でもあんの?」

何となくの問い掛け。

雨の喫茶店は憂いを帯びて、しっとりと淡い陰を落とす。
静かでも落ち着いている訳ではなかった。
見えない重さが纏わりついて、張り詰めていた糸が今にも切れそうな。


雨は止まない、雪には変わらない。
輪郭を掴もうとしても、たちまち失って洗い流されてしまう。

何でも良いから早く終わらせてくれやしないか。
神妙な顔をする和磨なんて見たくもない。
いつも至って普通の態度で、ネジの緩んだ言動をするくせに。
噛み合わない方が自然なのだと受け入れて。

それでも離れずに居たのに。


「あー、うん、えぇっと……、最近彼女出来たとか。」
「は?!マジか?!」
「マジだよ、年上の人なんだけどさ。」
「あー、もう、吃驚したわ……!」

短く告げる和磨に、進之介は立ち上がる勢いで驚く。
オーバーリアクションなんていつもの事。
しかし、今回ばかりは仕方あるまい。


別に不思議はなかった。

女性に対して興味を示すのは当然の年頃だ、お互いに。
和磨の場合はどうやら被虐的な願望も含めて。
仲が良いからと「付き合っているのか?」とすら問われる事もあったのだ。
彼に本当の彼女が出来たのなら、もう周囲にからかわれないだろう。

恋愛沙汰は興味が尽きない。
そのまま今日は惚気だか何だか分からない会話に続く。
張り詰めていた筈の糸は見えなくなって。


「つーか和磨、そんな事言う為に呼んだんかい?学校でも良かったろ。」

拍子抜けした気分で、やっと進之介はカップの紅茶を飲み干した。
和磨から返事はあらず曖昧に笑っただけ。

誤魔化されたのだと気付いたのは数日後だった。
進之介に話があったのは本当。
彼女が出来た事も本当。
ただ、打ち明ける前に歯切れが悪かった真の理由は。

和磨が抱えていた内緒事は、一つきりでなかったのだと。



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2016.07.03