林檎に牙を:全5種類
週末の雨で淀みが洗われて、迎えた学校生活は一際眩しい朝。
ただし吹き荒れる風は容赦なく頬を切り付ける。
太陽がどんなに強くても、相変わらず寒くて堪らない。

それでも痩せた枝に目を移せば、花の蕾は膨らみ始め。
こんな枯れたような道も、もうじき色で溢れるのだろう。
硬く凍り付いた季節は氷解に向かっていた。
緩やかでも着実な足取りを以って。


春なんか来なくたって良いのに。

そんな事を考えて、和磨はマフラーの中で欠伸した。
息でほんのり湿ったウールが暖かい。

「春が嫌い」なんて青臭い台詞を口にするつもりは無い。
寒い方が好きとも言い切れず。
くしゃみが辛いとか花粉症の心配も違う。
進級したら受験が憂鬱とは同級生は言うが、そうでもなく。

胸の辺りに圧し掛かっている、形の無い重み。
その正体なら知っているけれど。



「……おはよ。」

学校に着くと進之介は既に来ていた。
家が同じ方向なので帰りは連れ立つ事が多いが、朝はそうでもなく。
軽く挨拶を交わしつつも、いつも通りとは言い難い。

寝癖がちの進之介はいつもぼんやりした表情。
大抵は眠いか空腹の所為である。
特に朝なんてその傾向が強いのに、今日は何処となく違う。
緩んでいたものが張り詰めて、強張った雰囲気。

理由はすぐに明かされる。
数秒の無言を置いて、開かれた唇。


「和磨……、お前転校するってマジなん?」

ああ、やはりその事だったか。


「えーと、ソースは何処で?」
「今朝行き会った時、イノ先輩から聞いた。」

一ノ助も和磨と同じマンション。
大家の息子なので、随分と前から引っ越しの件は伝えておいた。
特には口止めしたつもりもない。
近いうちに漏れるとは思っていたのだ、こうなる事も予測範囲内。

抱えていた内緒事がそうでなくなった。
知った瞬間に胸は少し軽くなったと同時、じわり痛む。

「うん、まぁねぇ……春だから三学期一杯は居るけどさ。」

そうして肯定は溜息を以って。

和磨が春を疎んでいたのは、こう云う事である。
毎週フリーマーケットに出店していたのも荷物を減らす為。
思い出を手放すようで良い気はしなくとも。


「そっか、何か今日の昕守君シリアスだなとは思ったんだよねぇ。」

内緒事が明かされて、自白に入るべきであろう時。
それでもペースは乱さず気の抜けた台詞。
茶化すつもりでもなく、此れこそが和磨であって。

「ちょい待ち、言いたいことは色々あるけど……何じゃその反応、軽くね?!」
「いやー、喫茶店で言った方がドラマチックかなとも考えてたんだけど。」
「そうだよ、何であの時黙ってたんだよ!彼女とか割とどうでも良いわ!」
「あっ、ひどい!僕には大事な子だよ!」

こうして話がずれていくのも毎度。
最後には些末な事だと結論付けて、進之介も「まぁ良いか」で済ます。
しかし、今回ばかりはそうともいかず。

ハンドメイドの趣味が切っ掛けで付き合った彼女は了承済み。
軽い気持ちだなんて和磨に限って無い。
弄ばれるのなら寧ろやぶさかではないにしても。
本気になればなる程、別れが辛くなるのも分かっている。


ただ、繋がった縁に従って"今"を共有できたら。
それは此の街で出逢った誰も彼も、進之介に対してだって同じ。

皆が春を待ち望む中、冬を惜しんで過ごすのも悪くないだろう。
一年早いが卒業生の気分。
嘆くばかりでは何も見えなくなってしまう。
限りある日々は美しい、しかと五感を開いて味わっていきたい。

まだ、風は冷たいのだ。


「夕暮れの電車で去る僕!並走しながら別れを叫ぶ昕守君!とか期待してるね。」
「それって最後、俺が派手に転ぶヤツだろ絶対に。絶対にだ!」
「分かってるじゃない昕守君、映画でよくあるよねぇ。」
「どの映画だよ……、電車と並走ってベタなラストだなオイ。」

転校ばかりの進之介は初めてだろう。
置いて行かれるなんて。
ならば、それこそが最後の贈り物。

どうか忘れないで欲しいと願って爪を立てる。
消えないように、傷を残す。



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2016.07.08