林檎に牙を:全5種類
メインカプ一組目。
まずはプロローグから。
此の地を覆い尽くす緑は"深い"なんて物ではない。
穏やかな空からは遠く遠く、例え明るい真昼でも薄暗く影を落とす。
枝だけでなく足元でも根を伸ばす樹木。
剥き出しになった冷たい岩肌。
山には平面など無く、形作るのは不規則な起伏のみ。

藪で息を潜めれば、生々しい緑と土の匂いが呼吸に混じる。
"標的"との距離は近く、飽くまでも一定。
気付かれてはいけない。

流れ込む情報を何一つも残さず掻き集めるのは、狐の耳。



身を隠す狐は二匹、否、二人と云うべきか。
平和な世間一般で広く知られている妖狐とは銀か金を指す。
其の常識で当て嵌めれば、男の方は正しく"そう"呼べるだろう。
鈍く光を含んだ灰銀の毛並み。
瞼に引かれた紅が鋭く彩る、吊り上がった薄い眼。
月の化身とされ、人に近いながらも人ならざる美貌を誇る獣。

片や、同じようにして隣で控える女はほとんど人と変わらない。
今は張り詰めていても何処か柔らかな顔立ち、項に掛かる無造作な髪。
しかしながら漆黒の耳は紛れも無く獣、それも狐の物。

背筋を伸ばせば目を引くであろう姿。
だが共に空気よりも薄い気配、それこそ跳ね回る虫にすら気付かれぬ程。
表情には恐れなど無く、ただ静かに。


やがて、相手が動きを見せた。
自分達に意識を向ける存在など露ほどにも知らず、人間を狩る為に。
行動を起こした其の時こそ、此方が刃を抜く時。
それまでは伏せていなければならない。

背を向け遠ざって行くのを確認し、女もまた一切の無音で腰を上げた。
けれど、叶わず動きは止まる。
彼女の裾を強く引いた、男の手の所為。

何だと云うのだ?

言葉にはせず女が眉根を寄せる。
表情を変えた事に男は一瞬怯え、閉ざしていた口を開く。


「置いて行かれそうな気が、したから。」

決して音とは響かずに、溜息に似た声。


「放っといたら死にそうなアンタ置いて、何処に行けるって?」
「そうだよな……ごめん、いっつも苦労掛けてて……」

情けなく男の眼が泣くのもいつもの事。
幼い時から全く変わらない。
小さく呆れながら、女は細い指で滲んだ涙を遮る。



アタシはアンタみたいに綺麗じゃない。
無垢でもないし、ましてや優れた血族でもない。
一度死んだ身の存在理由など何処に。

だけど、アタシにも価値が出来てしまった。
アンタが必要としてくれるから。



今度こそ本物の溜息を吐いたのは女の方。
袖を握る手を柔らかく解いて、自分の指先を絡ませる。
こんな時だと云うのに男が嬉しそうになった直後。
再び、忍びの顔に戻り頷く。


「行くか?」
「離れんじゃないよ?」

合図は短く、けれど確かに繋がり合って。
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2009.02.11