林檎に牙を:全5種類
口にした瞬間、理佐と嵐山の間にある空気は確かに張り詰めた。
穏やかなBGMにお喋りする主婦達。
こんなにも平和な午後、手芸屋の一角で。

引き絞るように睨む嵐山の目。
刺されてはいない、此れは狙い澄まされた矢じりだ。
どう云う事なのか早く話せと。
脅されなくたって、最初から隠すつもりなど無いのに。

むしろ、聞いて欲しかったのは理佐の方なのに。

射られる視線すら怖いなんて感じない。
密やかに深呼吸一つ、ようやく口許を解いた。


元々、両親は娘を欲しがっていたそうだ。
エコー写真で女の双子だと判断されていたが、先に生まれた方は男。
双子なら性別も同じとばかり思っていたのが誤算だった。

「女の子なら灯里って付けられるところだったもの、灯也。」

物心ついた時から兄と妹の扱いには何処か差があった。
別に暴力があった訳ではない。
家は裕福な方なので、必要な物や金は出される。
飢えたり風呂に入れなかったりと云う事も無かった。

ただ、両親は兄にだけ素っ気ない。
妹ばかり構って、その間に片割れは放ったからし。
男だからと云うだけで。


カルチャースクールの件だって。
実は、あの手芸教室は親子でも参加出来るものだったのだ。
母と理佐が楽しんでいる間、いつも一人だけ託児所に置いて行かれる。
男だから針仕事なんか興味ないだろうと。

そして、兄は反抗もしなかった。
両親に望まれないから、彼自身も何も欲しがったりしない。
こうして感情を出さない子供が作られていく。

それは幼心にも理佐に不明瞭な違和感を落とした。
子供にとって親とは狭い世界の全て。
絶対的な存在を疑うのはとても恐ろしく悲しい。
言い難い物を抱きながらも、自分に対しては優しいので何も出来ず。


こうした日々にも転機が一つ。
小学校に上がる前、理佐は大病を患ったのだ。

今でこそ回復して健康体だが当時は大変だった。
入院や検査で忙しく、両親の心配はそれこそ過剰なほど。
何かと買ってきてはプレゼントに囲まれた。
作りかけの服もそのままに、カルチャースクールは逃げるように辞めて。

数ヶ月後に退院すれば、兄は懐かしの自宅から消えていた。
理佐の入院中、どうしていたかなんて訊くまでもない。

何も知らない間に嵐は過ぎていたらしい。
見かねた祖父母の家で預かる事になったと、一言だけ聞かされた。
同じ学区内なので小学校でだけ顔を合わせる仲。
大人達の都合で、双子の男女はただの同級生となった。


何とも複雑な事情。
しかし物事は好転したと思う。

祖父母と暮らしてから兄もようやく落ち着いたらしい。
相変わらず表情は豊かでなくとも、人間味が出て来たと云うか。
多少は年寄り臭くなるのも仕方あるまい。
上州訛りで喋るようになったのは、そうした理由からである。


あれから約10年、成長するにつれて状況も色々変わった。
両親の態度はまだ良い方になったと思う。
再び話し合った結果、一緒に暮らせるようにもなって。

理佐にとってはもう今更の話。
一度は友達よりも遠い存在になったのだ。
加えて異性、思春期を迎えた今では距離感が掴めずにいた。
普通に喋ったり接したりは出来ても。


嵐山を紹介された際の困惑も、少しは伝わったろうか。
そもそも妹だと認識されているかどうかも怪しいものだった。

兄の方は、理佐をどう思っているのか分からず。
両親の愛情を奪われて憎まれていたとしても無理はないのだ。
若しくは、全く興味もなく他人か。

だからこそ、嵐山の件は兄妹にとって大きな変化だった。
「根回し」だと言っていた辺り、利用するつもりは少なからず。
それでも理佐に自ら弱みを晒すなんて。
信用されていると思っても、良いのだろうか。


「お前こそ、何でそんな話を僕にするんだよ……」

ああ、動揺している。
重い口を開いた嵐山の表情から嗅ぎ取った。

本来なら、恋人本人の口から聞きたかった筈。
困惑以外にも感情は混ざり合う。
複雑な想いが煮詰められ、その熱で息苦しそうだった。

けれど、嵐山はいつまでも黙ってなどいなかった。
何とか呑み込んで、再び理佐を目で射抜く。


「大事に出来ないんだったら、僕が貰っても構わないだろ。お前の兄貴。」

きっと嵐山が初めてなのだろう。
実の両親ですら望まなかった、兄の存在を心から欲しがる相手は。

どちらから始まった関係かなんて理佐は知らない。
兄に主だった変化があったようにも見えず。
確かなのは、両者が求め合っている事。
女受けは良くても上辺だけのような、今までのものと違って。

だが、理佐の返事は。

「……やだ。」

上目遣いになった吊り目は強い。
此方も嵐山を見据えて、はっきりと言い渡す。


「お前さ……、そこは「どうぞお願いします」くらい言えよ。」
「だってわたし双子なのに、まだちゃんと灯也とは兄妹になれてないのよ?
 嵐山は恋人なんだからそれで良いじゃない。」

眉根を顰める嵐山に、そう言葉を突き付けた。
だって、そうじゃないか。

嵐山は弟になりたい訳ではないのだ。
どう足掻いても、血を分けた兄妹は此の世に一人。
共に生まれたからには。
きちんと家族にはなりたいと思う、叶うならば。


「……お前達って、やっぱり似てるかもね。変な理屈捏ねるところ。」
「はぁっ?」

買い物籠を提げて、嵐山はレジへ去って行く。
理佐の疑問に答えないまま。

似ているなんて言われたのは、初めてだった。



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2016.08.05