林檎に牙を:全5種類
嵐山家でカップが二つ並ぶ時、中身は紅茶と決まっていた。
ホスト側の嗜好なので有無を言わさないまま。
レモンの舟が浮かべた琥珀色の水面。
揺れる湯気を吹いて啜れば、たちまち波が生まれる。

「本当は、緑茶の方が良いんじゃないか?」

ベッドに腰掛けて、夕暮れのお茶会。
ふと嵐山が梅丸に問い質した。

紅茶に文句を言われた事など一度も無い。
礼を一つ、いつも出されるまま味わってカップは空に。
それでも訊かずにはいられなかった。
何も望まないから、欲しがったりしないのではないかと。


嵐山の頭を占めるのは、理佐から教えられた事情。
息苦しさはまだ胸元に居座っている。
しかし何も知らない梅丸からしてみれば首を傾げるばかり。

「どっちでも良いけど、急に何なん?」
「緑茶の方が馴染みあるだろ……、お年寄りと暮らしてたら。」
「あぁ……、理佐に聞いたんね、ユウ。」
「……それだけかよ。」

話を振られ、梅丸は動揺どころか納得した様子を見せる。
それが嵐山にとって何もかも忌々しい。
妹と云えども、他の誰かを親しげに名前で呼ぶ事も。

嵐山が知らなかった梅丸の事。
どうして自分の口から言ってくれなかったのか。


「隠し事されるの嫌だって言った筈だろ。」
「悪ィんね、別に隠すつもりは無かったけど。」
「前にも、知らない事多すぎるとも言ったのに。」
「そうだんべねぇ……」

相変わらず感情の見えない声。
悲しめば良いのに。
泣いたって良いくらいなのに。


隣同士では向き合うにも何だか首が疲れる。
何だか無性に苛立って、背後のベッドへ梅丸を引き倒した。
嵐山の手が荒々しいのはいつも通り。
睨み付ける吊り目と、真下から見上げる切れ長の目が合う。



illustration by ういちろさん


「もっと欲しがんなね、ユウ。」

頬に触れてきた梅丸の手は、懇願。
必要として欲しいと。

締め付けられるように苦しくなったのは嵐山の方。
自分よりも大きな手は、実は思っていたよりも脆い物かもしれない。
握り返したら、それこそ消えそうな程に。


嵐山も両親が多忙で会えない日はある。
今日だって、仕事だからと帰って来やしない。

けれど、それは嵐山が家を任されても平気な年頃になってから。
愛情が足りないと思った事は特にない。
むしろ一人の方が気楽だし、近所に祖父宅だってある。

対して、梅丸の方は訳が違う。

今まで見ないふりをしてきた、幾つかの不可解な点。
嵐山の執着を喜んで受け入れた事。
頻繁な外泊に応じていた事。
どれだけ肌に傷を残しても気付かれなかった事。

全ては親が梅丸に無関心だったからこそ。
誰かから気に掛けられる事が無かった故、牙すら甘く感じたのだろう。


爪でも牙でも、望むなら何でも与えよう。
もう嵐山のものなのだ。
傷を付けて、染め上げて、行き場をなくして。

求める気持ちが梅丸にもあるのなら。


ベッドに押し倒しての見つめ合い。
獲物に喰らい付く獣の格好。
今にも首筋に噛み痕を立てるかのような。

しかし、重ねた唇は飽くまでも優しかった。
リップ音はアールグレイの香り。

「明日は、僕の方も親族に紹介するからな。」
「まぁ、それが公平だんべねぇ。ところで誰に逢うん?」
「お爺ちゃんと……そうだな、高校同じだし従兄にも。」
「ん、ユウが信用してんなら俺も構わねぇよ。」


こうして明日は大事な用で埋まった。
考えるだけで心音が加速しても、一人でないならきっと大丈夫だろう。
長年想い続けた愛しの君。

「……灯也。」

初めて、声は小さく空気を震わせた。
妹にそう呼ばれていた時から、何度も口の中で呟いていた名前。
嫉妬深いなんて今更言わないでほしい。


*end


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2016.08.11