林檎に牙を:全5種類
「また明日!」

いつもの言葉でクラスメイト達に手を振るのは最後の日だった。
その声も雨に掻き消されて、灰色の放課後。
三年生にとっては何と気怠い事か。
制服を濡らさぬように傘の下で縮こまる、卒業式の前日。


「止みマスかね。」
「止まないよ、まだまだね。」

ガラス越しの雨を眺めながら、忠臣と青葉が小さく言葉を交わす。
雫を吸ったタオルが首から下げられて、濡れた髪は艶々と。
暖房の効いたコンビニは安全地帯。

雨の中で自転車の登下校はなかなか苦行である。
全身に冷たい水を浴び続け、合羽の下で体温が奪われていく。
ひたすらペダルを漕いても重くて堪らない。
力尽きて、ここらで一休み。


何しろ、お茶するには事欠かない。
食べ物飲み物どころか生活用品まで一通りが揃う場所なのだし。

席に着くなり、忠臣はレジに通したばかりの文庫本を開く。
手元で優雅に揺れるコーヒーの湯気。
渋味混じりの香りがどうも苦手で、青葉は緑茶を啜った。
好みばかりは曲げられないので仕方なし。

忠臣の読書中、青葉は好きなようにして過ごす。
それは昔から続いていたいつもの時間。

"いつも"はいつか終わるのだと知らなかった頃の。


無言に染み入る雨音。
店はBGMや客の声で賑やかなくらいなのに。

卒業式前くらいセンチメンタルになったって良いだろう。
式典を彩る役目の桜は散っていく。
満開の下、美しく涙の別れとはいかなそうである。


明日に備えて、また濡れながら帰らねばならない。
分かっていても椅子から動けずにいた。
閉じ込められた錯覚すら。
ならば、それに浸っていたいと青葉は思ってしまう。

在校生よりも一足先に春休み。
要領の良い青葉の事だ、新生活も何とかうまくやれる筈。
しかし楽しい事ばかりでも無いのは確か。

「春休みさ、忠臣空いてる日ある?」
「ん……、出掛ける予定あるからまだ何とも言えマセンけど。」

誰と、なんて訊くまでも無かった。

忠臣と連れ立つのが青葉だったのは、今までの話。
もう都合を合わせないと共には居られない。
千紗と云う彼女が出来たから。


中学生になってから、二人はよく日帰り旅行に向かったものだ。
電車を乗り継いで街から温泉まで。
お陰で、季節に合わせてのレジャースポットなら大体は把握していた。
遠出するたび目新しい物との出逢いに心躍らせる。

此の春から、忠臣は千紗と行くのだ。
青葉と見つけた物や場所を分かち合い、上書きされて。


「春だったらあの温泉とか良かったよね。」
「ああ、去年の今頃お前と行った所か。そりゃ予定立ててマスけど。」
「……泊まるの?」
「ちっがいマスよ、バーカッ!」

コーヒーで噎せかけた様には意地悪く笑ってみせた。
飛んできた本の角も軽く受け流して。

青葉だってよく解かっている。
生真面目な忠臣の事だ、欲望のまま突っ走ったりなど出来やない。
短気が原因での失敗くらいは可能性もあるものの。
誠実さだけは保証付き、問題が起きても何とかなると思う。

下世話な事を振られて初心に狼狽えるのは、飽くまで今だけ。
青葉の居ないところで先へと進んでいくのだろう。

それで良い、いつ触れ合ったかなんて知りたくもない。


「お前のそーゆーところオレ嫌いデス、ムカつく。」
「やだねぇ、僕は忠臣の事好き好き大好きちょー愛してるのに。」

真剣に伝えていたら。
もっと早くに気付いていたら。

果たして、忠臣は青葉を受け入れてくれただろうか。


なんて、頭で考えては払って繰り返し。
幾度でも愛の言葉は冗談として青葉の舌から離れる。
それこそ忠臣が飽きて呆れるまで。

「青葉こそ彼女作って早く言ってあげなサイよ。」
「今は良いよ、別に好きな女の子居ないし。」



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2016.08.17