林檎に牙を:全5種類
水溜りに桜の花弁が溺れる。
ただでさえ雨の中、傘で遮られて視界が悪い。
足元ばかり見ていると何処を歩いているのか分からなくなりそうだ。
3年も通い慣れた道なのに。

凛子が顔を上げれば、すぐ隣には千紗。
一つの傘を分け合って肩を寄せて。


卒業式前日の帰り道だった。
式が終われば、制服のまま友達グループで何処かへ遊びに直行する。
感傷に浸るとしたら今日だろう。
きっと、打ち上げに千紗の姿は無いのだから。

バレンタインに告白して、彼氏が出来て。
千紗の隣は男の子のものになった。

ただ、放課後だけはこうして変わらず一緒に居る。
何の事は無い、忠臣とは帰り道が反対方向。
もし近所同士なら教室から家まで離れずにいたのだろう。
凛子の居場所を奪って。

そうして確実に開いていた距離を無理やりに詰めた。
「傘に入れてくれ」とは図々しい申し出か。
歩幅を合わせ、狭い世界を進む。


蛇口の水は温くなってきたのに、雨は痛いほど冷たく刺さるばかり。
空気そのものが寒々しくて縮こまる。

まだカーディガンを羽織っていて良かった。
着込めないセーラー服だけではたちまち凍えてしまう。
王林中学の制服は真っ黒。
晴れの日ならば、降り注ぐ陽光を吸い込んで暖かいのに。

「この辺りでセーラー服の学校ってうちくらいだったわね、そういえば。」
「そうだねぇ……何だかんだで、もう着る事はないから少し残念だな。」

春からの制服はどちらもブレザーだった。
凛子は黒、千紗は紺青。
目指す道が違った結果だ、別れてしまうのは仕方あるまい。


将来の話なら何度も口にしたものだった。
いつか本気で音楽をやりたい凛子に、獣医を目指している千紗。
それこそセーラー服に袖を通したばかりだった一年生から。
まだ”未来”の文字が輝いて見えていた頃。

受験で明け暮れた一年間、随分と色褪せてしまったけれど。
確かに第一志望は受かった。
望んだ先にお互いは居ないのだと、強く認識させられて。

必ずしも夢に辿り着けるとは限らないのに。


ああ、どうにも駄目だ。
明日はめでたい筈なのに、こうもネガティブな事ばかり考えてしまう。

二人きりが息苦しくなったのは、どちらの所為か。
服がきつくなるような窮屈さ。
ずっと同じではいられず、彼女からも卒業する時を迎えた。
そう云う事なのだろう、きっと。


そうして、いつしか道も終わり。
灰色であっても見慣れた景色に懐かしの家。
自宅まで、あと少し。

玄関の軒先まで駆け出して振り向けば、雨は容赦なく分かつ。
髪から雫を滴らせる凛子と、傘をさして佇む千紗を。

「入れてくれ」と申し出たのは凛子の方だった。

傘があれば、雨の日でも何処へだって行ける。
たとえ二人だって。
けれど歩く方向が違うのならば、此処でお別れ。


「また明日ね。」
「うん……また、明日。」

さよならの前に、いつもの言葉で手を振りましょう。


桜の咲く街は雨に弱い。
薄紅を散らして、やがて溶かし去ってしまう。

そうして冬は幕を閉じる。



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2016.09.02