林檎に牙を:全5種類
昨日までの雨は上がって、春の式典はしめやかに行われた。
青空でないにしても優しい薄曇り。
太陽は雲に包まって微睡んでいるような、柔らかな光を降り注ぐ。

桜は冷たい雫を滴らせて、散りかけの薄紅で校庭を染める。
卒業式を祝うにしては少しだけ寂しい景色。

赴任してから数年、こうして生徒を送り出すのも慣れた。
桜の下に漆黒が一滴。
スーツで佇んでいる教師の名は、黒巣。


見上げる程の長身に加えて、硬くて渋い雰囲気。
眉間に皺の寄った精悍な顔立ち。
英語を担当する黒巣は映画の悪役じみた風貌だった。
正装して前髪を上げると、マフィアでも演じられそうな程。

昔から散々そんな事を言われてきたのだ。
倦厭されそうなものだが、赴任してからは何故か生徒に人気。
今だって別れを惜しむ女子達に囲まれて大変だった。

やれやれと一服つきたいところ。
しかし、外と云えども校庭で煙草は気が引ける。
喫煙場所は限られているのだ。
別の生徒に絡まれる前に、ひっそり移動しようかと思っていれば。


「先生、頭に花咲いてますよ?」

くすくすと含み笑い。
低くても甘い、此れは女の声。

ああ、遅かったか。


生徒の数は膨大でも確かに聞き覚えがあった。
指摘したのは凛子と、傍らに千紗。
彼女達もまた卒業生。

二年生を受け持った事があるのでよく覚えている。
中性的で優雅な物腰の凛子、おっとりとして女性的な千紗。
並べば恋人同士にも見えたものだった。
二人ともセーラー服でなければ。


感極まって泣き出す女子は多いが、彼女達はいつもの表情。
そこまでは可愛くない、知っている。
自由気ままに振舞うものだから担任の時は手を焼いたものだった。

ふと、千紗から「屈め」と無言のまま指示を出される。
こうした時に男は弱い立場。
渋い顔をしつつも仕方なく従えば、頭に手を伸ばされた。
そう云えば花が付いているとか言われたか。

華奢な手に渡った桜は萼ごと落ちたもので、花の形を保っていた。
捨てられるかと思いきや、その手で凛子の髪を撫でる。


色素の薄い凛子の髪に飾られた、薄紅の桜。
黒髪に青い花のピンを留めた千紗は満足げに微笑む。
ますます対照的で愛らしい。

「私には似合わないよ。」
「そんな事ないわよ、女の子なんだもの。」


恋人同士ならば、何とも甘い遣り取り。
それこそ胸焼けしてしまう。
けれども、女生徒ならばよくある幼い戯れ。

桜が全て風に消える頃には違う制服。
最後と知っているから、散った花で無邪気に遊ぶ。

箱庭の去り際、麗しき幻。



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2016.09.06