林檎に牙を:全5種類
ふとした瞬間、人はノスタルジーに浸ってしまう。
時に否応なく落ちるように。

普段は忘れていても自身の知覚から揺り起こされるのだ。
特定の場所や音楽、匂いに食べ物など。
そこに纏わるエピソードを。
こうした記憶こそが"自分"を形作ってきた物なのだから。




ハーブティーの湯気を顔に浴びて、呼び覚まされる情景。
和磨は一瞬だけトリップした。

お化け屋敷に似た喫茶店。
冬の午後、窓ガラスを叩く雨のリズム。
あの時テーブル越しに向かい合っていた相手までも。

いいや違う、あれは既に過ぎ去った日だ。

飽くまでも軽く首を振れば、たちまち現在に戻る。
まるで浅い夢から覚める時のような。
ミントとローズのハーブティーは甘く匂いを立てていた。
桃色のカップをなみなみと満たして。

此処は紅玉街ではない。
田舎の匂いが遠い、故郷から離れたマンション。


和磨が中学三年生になる前、巽家は揃ってヨーロッパへ飛んだ。
親の仕事によっては何年になるか分からないまま。
元々、母がイギリス人とのハーフなので縁は浅からない。

体調を崩して和磨だけ日本に戻る事になったものの。
療養期間くらいは紅玉街で過ごしたが、それももう何年も前になる。
実家だったマンションは引き払ったので自由の身。
思い切って、もう少し都会の方へ一人で来た。


一年遅れでも高校に進学した。
学ランは中学校と同じような物だが、色々と変わる。

あの頃から伸び始めた身長は180㎝を超えた。
金だった髪も成長と共に色味が落ち着いて、今やハニーブラウン。
ただ、詰襟もシャツも緩める癖は相変わらず。

物思いに耽って髪を弄ると、隠れていた小さな光が覗いた。
片耳ずつ金属の塊と、緑色をしたガラス玉のピアス。


それから、何よりも現状そのもの。

和磨がハーブティーで一息つく横、脚を崩す少年が二人。
テーブルの上にカップは3つあった。
大人びた黒髪と幼さを残した栗毛、どちらも冷たい金色の目。
高校二年生、18歳の和磨は彼ら双子と同棲していた。

海外に行っても細く長くと続いていた彼女が居たのに。
別れの決定打は、双子と出逢った事である。

黒髪の兄に惹かれたのが始まり。
想いに苦しんでいた時、栗毛の弟から「三人でなら」と条件を出された。
悪魔の囁きとしか思えない誘惑。
頑なに"恋人"と認めない二人からペット扱いされながら、日々は過ぎる。


同性に恋をするなんて中学生の和磨なら想像もしていなかった。

兆候があったとすれば。
そう呼べるものがあるとするなら、思い出す顔は一人だけ。


和磨が日本に帰った頃、進之介はもう紅玉街に居なかった。
転勤族の家なので不思議はない。
海外へ行く前に携帯を解約したので、番号だって残っていない。
消えたのだ、跡形もなしに。

和磨に残ったのは不明瞭な感情だけ。
取っておいたものには、未だに名前を付けず。

だって、きっと困らせてしまうから。


ハーブティーの甘さに浸っていたら、不意に刺さる視線。
金色の目は自己主張が強い。
「此方を見ろ」と、言葉など要らずに。

魅入られた和磨の身は逆らえない。
今からどれだけ酷い事をされても、悦ぶだけ。

部屋に香りだけ満たして、カップは冷めていく。



青い鳥は幸福の証。
探している時には見えなくとも、本当は身近な存在だと云う。

羽を育てていた籠を途中で抜け出して、遠い空を知った。
そのまま自由になれたのに。
自らの意志を持って、閉じ込められた。
双子が抱える鳥籠の中で羽を抜かれてしまったから。


もう小鳥は戻らない。
苦いくらいの青い時代に「さらば」と告げて。


*end


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2016.09.27