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まだ空も明るい筈の時間、太陽を隠した暗闇があった。
灯りを浴びて浮かび上がるのは長身のシルエットが一つだけ。
頭には王冠、引き摺る長さのドレス。
暮れなずむ空に似た瑠璃色を纏う、妖艶なる女王だった。
物憂げな伏し目がちの視線を向けた先には、大きな鏡。
やがて引き結んでいた唇が動く。
低くとも闇によく通る声で、女王は問い掛ける。
「世界で一番美しい女は誰?」
魔法の鏡はあらゆる真実を知っている。
決して嘘を吐かない。
冬の夜空のように美しい女王を前にしても、同じ事。
「それは白雪姫です。」
返答に対し、冷たい美貌が歪む。
高慢な女王は静かに怒りと嫉妬を燃やした。
こうしてはいられない。
女王は手下として仕える狩人を呼び寄せる。
恭しく跪いた彼に、冷たく告げた。
「白雪姫を殺しなさい、そして証拠に心臓を……」
しかし、残酷な言葉は最後まで続かなかった。
「カーット!!」
突然の事、女王の命令を遮って鋭い声が場を裂いた。
たちまち緊迫した空気もすべて消し去って。
「だから!証拠は「血の付いた矢」だって言ってんだろ!」
今しがた叫んだ男子生徒が女王の足元から喚く。
否、正確には舞台の下か。
そう、全ては舞台の世界で作り物。
太陽が見えないのも体育館にカーテンを張っている所為だ。
今日だけは他の運動部も居らず、貸し切りの順番なので折角だからと。
顔を上げた狩人も忠誠は何処へやら。
無表情ながら、すっかり白けた様子で立ち尽くしている。
もはや女王ですらも別人となっていた。
無慈悲な表情が掻き消えれば、飽くまで飄々とした雰囲気。
小首を傾げて無遠慮に不満を申し立てる。
「えー、だってさぁ、心臓の方が一般的でしょ?」
「台本に従うのは部長命令だぞ。子供向け舞台だからわざわざ直したんだろーが。」
「そうやってすぐ権力で物を言わせようとするんだから、部長は。」
「やかましいわぁッ!」
部長と呼ばれた男子もいつまでもこうしてはいられない。
怒鳴るだけ怒鳴れば、苛立ちも落ち着く。
周囲の生徒に宥められながら長い溜息で締め括った。
時間なんて残り少ないのだ。
こうして再び静けさが戻り、一呼吸置いてから舞台が始まる。
女王の名は望月青葉、早生学園高等部の二年生。
煌めくドレスの下はボクサーパンツ。
演劇部ではすっかり女装の役が定番になりつつあった。
時は入学式を済ませた一年生が馴染みつつある、4月。
演劇部によるリハーサル中の事だった。
もうすぐGW、近所の姫ふじ公園では子供向けの祭りが開かれる。
親子で参加するイベントの数々は毎年大盛況。
多目的ホールでもショーが開かれ、早生学園の演劇もその一つ。
高等部の二年生が童話を演じるのが伝統でもある。
そうして、今年は「白雪姫」に決まった。
希望の役を演じるに当たり、早生学園の演劇部では実力が全て。
そこには男女の壁すらも無い。
青葉が女王でも、女子が王子様でも構わないのだ。
役を取ったのは自分の意志。
暗転の間に、女王は鏡ごと舞台袖へと。
場面は変わって森になる。
弓を隠し持つ狩人を従えて、とうとう主役が登場した。
リボンで結ばれた、黒檀を思わせる綺麗な長い髪。
白雪の肌に映える赤い唇。
グラマーな四肢におっとりした物腰で実に女性的だった。
大きな黒目を眩しそうに細める姫君は、千紗と云う。
舞台の裾から青葉が視線を上げれば、体育館の入口に人影。
あれが誰なのかは判っていた。
次の出番まで、まだ少しだけなら時間がある。
部長に見つかったらまた厄介。
闇に乗じて抜け出して、そっと入口へ走った。
「忠臣さ、もっと近くで観たら?」
「わッ!何デスか、青葉……脅かすなよ。」
急に肩を叩かれたりしたら、誰だって驚く。
リハーサル中なので声は抑えて。
艶やかな女王とブレザーの男子なんて、妙な組み合わせ。
柔道部を辞めたのでそれほど短くする必要がなくなった髪。
中学から身長も伸びて、気付けば忠臣は少し大人びた。
三白眼だけは相変わらず。
睨まれたって、こんな暗い場所では届かない。
舞台で姫を演じている千紗の彼氏。
そして青葉の幼馴染にして、密かな想い人でもある。
「折角の主役なんだし、忠臣に観てもらった方が喜ぶと思うけど。」
「別に……、ちょっと話があったから、一緒に帰ろうと思っただけデスし。」
忠臣がわざわざ体育館まで足を運んだのは千紗の為。
口籠るのは恥じらいか、気まずさか。
いずれにしても此処から先は青葉が立ち入るべきでない。
ああ、恋に気付きたくなんてなかった。
それなら今だって忠臣と千紗を微笑ましく見守れたのに。
もう青葉は二人にとって部外者。
女王とは少し種類が違えども、胸の奥で燻る気持ち。
閉め切った筈の体育館入り口は、忠臣の来訪で僅かに開いていた。
その向かいにも置かれていた姿見が、隙間から覗く。
目を合わせてしまう前に青葉は逸らした。
恐ろしくて、故意に。
「鏡よ、鏡……」
お決まりの台詞は独り言。
どうか今だけは自分の顔を映さないでほしい。
嫉妬の熱を隠した青葉は、きっと醜さが表情に滲んでいるのだろう。
ドレスを纏っても、此の身体は柔らかくなどない。
スポットライトに照らされた姫君とは違う。
決して一番になれやしないと。
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灯りを浴びて浮かび上がるのは長身のシルエットが一つだけ。
頭には王冠、引き摺る長さのドレス。
暮れなずむ空に似た瑠璃色を纏う、妖艶なる女王だった。
物憂げな伏し目がちの視線を向けた先には、大きな鏡。
やがて引き結んでいた唇が動く。
低くとも闇によく通る声で、女王は問い掛ける。
「世界で一番美しい女は誰?」
魔法の鏡はあらゆる真実を知っている。
決して嘘を吐かない。
冬の夜空のように美しい女王を前にしても、同じ事。
「それは白雪姫です。」
返答に対し、冷たい美貌が歪む。
高慢な女王は静かに怒りと嫉妬を燃やした。
こうしてはいられない。
女王は手下として仕える狩人を呼び寄せる。
恭しく跪いた彼に、冷たく告げた。
「白雪姫を殺しなさい、そして証拠に心臓を……」
しかし、残酷な言葉は最後まで続かなかった。
「カーット!!」
突然の事、女王の命令を遮って鋭い声が場を裂いた。
たちまち緊迫した空気もすべて消し去って。
「だから!証拠は「血の付いた矢」だって言ってんだろ!」
今しがた叫んだ男子生徒が女王の足元から喚く。
否、正確には舞台の下か。
そう、全ては舞台の世界で作り物。
太陽が見えないのも体育館にカーテンを張っている所為だ。
今日だけは他の運動部も居らず、貸し切りの順番なので折角だからと。
顔を上げた狩人も忠誠は何処へやら。
無表情ながら、すっかり白けた様子で立ち尽くしている。
もはや女王ですらも別人となっていた。
無慈悲な表情が掻き消えれば、飽くまで飄々とした雰囲気。
小首を傾げて無遠慮に不満を申し立てる。
「えー、だってさぁ、心臓の方が一般的でしょ?」
「台本に従うのは部長命令だぞ。子供向け舞台だからわざわざ直したんだろーが。」
「そうやってすぐ権力で物を言わせようとするんだから、部長は。」
「やかましいわぁッ!」
部長と呼ばれた男子もいつまでもこうしてはいられない。
怒鳴るだけ怒鳴れば、苛立ちも落ち着く。
周囲の生徒に宥められながら長い溜息で締め括った。
時間なんて残り少ないのだ。
こうして再び静けさが戻り、一呼吸置いてから舞台が始まる。
女王の名は望月青葉、早生学園高等部の二年生。
煌めくドレスの下はボクサーパンツ。
演劇部ではすっかり女装の役が定番になりつつあった。
時は入学式を済ませた一年生が馴染みつつある、4月。
演劇部によるリハーサル中の事だった。
もうすぐGW、近所の姫ふじ公園では子供向けの祭りが開かれる。
親子で参加するイベントの数々は毎年大盛況。
多目的ホールでもショーが開かれ、早生学園の演劇もその一つ。
高等部の二年生が童話を演じるのが伝統でもある。
そうして、今年は「白雪姫」に決まった。
希望の役を演じるに当たり、早生学園の演劇部では実力が全て。
そこには男女の壁すらも無い。
青葉が女王でも、女子が王子様でも構わないのだ。
役を取ったのは自分の意志。
暗転の間に、女王は鏡ごと舞台袖へと。
場面は変わって森になる。
弓を隠し持つ狩人を従えて、とうとう主役が登場した。
リボンで結ばれた、黒檀を思わせる綺麗な長い髪。
白雪の肌に映える赤い唇。
グラマーな四肢におっとりした物腰で実に女性的だった。
大きな黒目を眩しそうに細める姫君は、千紗と云う。
舞台の裾から青葉が視線を上げれば、体育館の入口に人影。
あれが誰なのかは判っていた。
次の出番まで、まだ少しだけなら時間がある。
部長に見つかったらまた厄介。
闇に乗じて抜け出して、そっと入口へ走った。
「忠臣さ、もっと近くで観たら?」
「わッ!何デスか、青葉……脅かすなよ。」
急に肩を叩かれたりしたら、誰だって驚く。
リハーサル中なので声は抑えて。
艶やかな女王とブレザーの男子なんて、妙な組み合わせ。
柔道部を辞めたのでそれほど短くする必要がなくなった髪。
中学から身長も伸びて、気付けば忠臣は少し大人びた。
三白眼だけは相変わらず。
睨まれたって、こんな暗い場所では届かない。
舞台で姫を演じている千紗の彼氏。
そして青葉の幼馴染にして、密かな想い人でもある。
「折角の主役なんだし、忠臣に観てもらった方が喜ぶと思うけど。」
「別に……、ちょっと話があったから、一緒に帰ろうと思っただけデスし。」
忠臣がわざわざ体育館まで足を運んだのは千紗の為。
口籠るのは恥じらいか、気まずさか。
いずれにしても此処から先は青葉が立ち入るべきでない。
ああ、恋に気付きたくなんてなかった。
それなら今だって忠臣と千紗を微笑ましく見守れたのに。
もう青葉は二人にとって部外者。
女王とは少し種類が違えども、胸の奥で燻る気持ち。
閉め切った筈の体育館入り口は、忠臣の来訪で僅かに開いていた。
その向かいにも置かれていた姿見が、隙間から覗く。
目を合わせてしまう前に青葉は逸らした。
恐ろしくて、故意に。
「鏡よ、鏡……」
お決まりの台詞は独り言。
どうか今だけは自分の顔を映さないでほしい。
嫉妬の熱を隠した青葉は、きっと醜さが表情に滲んでいるのだろう。
ドレスを纏っても、此の身体は柔らかくなどない。
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2016.10.02 ▲
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