林檎に牙を:全5種類
まだ空も明るい筈の時間、太陽を隠した暗闇があった。
灯りを浴びて浮かび上がるのは長身のシルエットが一つだけ。
頭には王冠、引き摺る長さのドレス。
暮れなずむ空に似た瑠璃色を纏う、妖艶なる女王だった。

物憂げな伏し目がちの視線を向けた先には、大きな鏡。
やがて引き結んでいた唇が動く。
低くとも闇によく通る声で、女王は問い掛ける。

「世界で一番美しい女は誰?」


魔法の鏡はあらゆる真実を知っている。
決して嘘を吐かない。
冬の夜空のように美しい女王を前にしても、同じ事。

「それは白雪姫です。」

返答に対し、冷たい美貌が歪む。
高慢な女王は静かに怒りと嫉妬を燃やした。

こうしてはいられない。
女王は手下として仕える狩人を呼び寄せる。
恭しく跪いた彼に、冷たく告げた。

「白雪姫を殺しなさい、そして証拠に心臓を……」

しかし、残酷な言葉は最後まで続かなかった。


「カーット!!」


突然の事、女王の命令を遮って鋭い声が場を裂いた。
たちまち緊迫した空気もすべて消し去って。


「だから!証拠は「血の付いた矢」だって言ってんだろ!」

今しがた叫んだ男子生徒が女王の足元から喚く。
否、正確には舞台の下か。

そう、全ては舞台の世界で作り物。

太陽が見えないのも体育館にカーテンを張っている所為だ。
今日だけは他の運動部も居らず、貸し切りの順番なので折角だからと。
顔を上げた狩人も忠誠は何処へやら。
無表情ながら、すっかり白けた様子で立ち尽くしている。


もはや女王ですらも別人となっていた。
無慈悲な表情が掻き消えれば、飽くまで飄々とした雰囲気。
小首を傾げて無遠慮に不満を申し立てる。

「えー、だってさぁ、心臓の方が一般的でしょ?」
「台本に従うのは部長命令だぞ。子供向け舞台だからわざわざ直したんだろーが。」
「そうやってすぐ権力で物を言わせようとするんだから、部長は。」
「やかましいわぁッ!」

部長と呼ばれた男子もいつまでもこうしてはいられない。
怒鳴るだけ怒鳴れば、苛立ちも落ち着く。
周囲の生徒に宥められながら長い溜息で締め括った。

時間なんて残り少ないのだ。
こうして再び静けさが戻り、一呼吸置いてから舞台が始まる。


女王の名は望月青葉、早生学園高等部の二年生。

煌めくドレスの下はボクサーパンツ。
演劇部ではすっかり女装の役が定番になりつつあった。



時は入学式を済ませた一年生が馴染みつつある、4月。
演劇部によるリハーサル中の事だった。

もうすぐGW、近所の姫ふじ公園では子供向けの祭りが開かれる。
親子で参加するイベントの数々は毎年大盛況。
多目的ホールでもショーが開かれ、早生学園の演劇もその一つ。

高等部の二年生が童話を演じるのが伝統でもある。
そうして、今年は「白雪姫」に決まった。

希望の役を演じるに当たり、早生学園の演劇部では実力が全て。
そこには男女の壁すらも無い。
青葉が女王でも、女子が王子様でも構わないのだ。
役を取ったのは自分の意志。



暗転の間に、女王は鏡ごと舞台袖へと。
場面は変わって森になる。
弓を隠し持つ狩人を従えて、とうとう主役が登場した。

リボンで結ばれた、黒檀を思わせる綺麗な長い髪。
白雪の肌に映える赤い唇。
グラマーな四肢におっとりした物腰で実に女性的だった。
大きな黒目を眩しそうに細める姫君は、千紗と云う。


舞台の裾から青葉が視線を上げれば、体育館の入口に人影。
あれが誰なのかは判っていた。

次の出番まで、まだ少しだけなら時間がある。
部長に見つかったらまた厄介。
闇に乗じて抜け出して、そっと入口へ走った。


「忠臣さ、もっと近くで観たら?」
「わッ!何デスか、青葉……脅かすなよ。」

急に肩を叩かれたりしたら、誰だって驚く。
リハーサル中なので声は抑えて。
艶やかな女王とブレザーの男子なんて、妙な組み合わせ。


柔道部を辞めたのでそれほど短くする必要がなくなった髪。
中学から身長も伸びて、気付けば忠臣は少し大人びた。
三白眼だけは相変わらず。
睨まれたって、こんな暗い場所では届かない。

舞台で姫を演じている千紗の彼氏。
そして青葉の幼馴染にして、密かな想い人でもある。


「折角の主役なんだし、忠臣に観てもらった方が喜ぶと思うけど。」
「別に……、ちょっと話があったから、一緒に帰ろうと思っただけデスし。」

忠臣がわざわざ体育館まで足を運んだのは千紗の為。
口籠るのは恥じらいか、気まずさか。
いずれにしても此処から先は青葉が立ち入るべきでない。

ああ、恋に気付きたくなんてなかった。

それなら今だって忠臣と千紗を微笑ましく見守れたのに。
もう青葉は二人にとって部外者。
女王とは少し種類が違えども、胸の奥で燻る気持ち。


閉め切った筈の体育館入り口は、忠臣の来訪で僅かに開いていた。
その向かいにも置かれていた姿見が、隙間から覗く。
目を合わせてしまう前に青葉は逸らした。
恐ろしくて、故意に。

「鏡よ、鏡……」

お決まりの台詞は独り言。

どうか今だけは自分の顔を映さないでほしい。
嫉妬の熱を隠した青葉は、きっと醜さが表情に滲んでいるのだろう。

ドレスを纏っても、此の身体は柔らかくなどない。
スポットライトに照らされた姫君とは違う。
決して一番になれやしないと。


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2016.10.02