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体育館のカーテンを開けると、ガラスから冷えた夜気が滲み出す。
まだ暮れ時が早く冴えた四月の空。
かつての薄い青も、もうすぐ女王のドレスと同じ色になる。
いつだって舞台の上は別世界。
現実に戻って来た童話の住人達は、既にそれぞれ学生の顔。
青葉も魔法が解けるように変身。
冷酷なる女王から、グレーの野ウサギへ。
高校生になってもウサギの耳が生えたパーカーは健在。
お気に入りは変わらない。
ウサギがマークのブランドなので、似たデザインは量産されている。
それに獣なら、青葉が見下ろした先にも一匹。
天井付近の窓には手摺で囲まれた細い通路。
そこからすぐ下、部長の姿。
三年生の部長、白部星一は毛束が太めのミディアム。
跳ねた癖毛は肉食獣の耳にも似ていた。
アーモンド形の尖った目許をしている所為もあり。
このくらい遠目だと、「白雪姫」の森に棲む動物役にも見えた。
GWの舞台は二年生が主演。
今や部長の彼も、去年は「ピーターパン」でフック船長を演じ切った。
迫力ある高笑いに見事な散り際。
悪役の演技が上手いのですっかり専門になりつつある。
青葉が中学三年生の秋、下見で行った学園祭での劇も覚えていた。
あの時も白部は悪役だったか。
演劇部に興味を持った切っ掛けでもあった。
「あー……もう、腹減った……」
一声鳴いた後、持参のパンを齧り始める。
確かに食べ盛りと云えど、白部は特にすぐ腹が減るらしい。
気付くといつも何か口にしているのだ。
演劇部は文系に見えて意外と体育会系。
練習前に走り込みもするので、役者でなくとも身体を使うのだ。
ただでさえ遅い時間なので空腹も仕方あるまい。
練習後には差し入れがある事も時々。
「望月ー、もう体育館閉めるから早く降りて来い。」
戸締りの確認後、青葉を見上げながら白部が言う。
バス通学組はそろそろ帰り支度をしなくてはならない時間だ。
勿論、そこには二人とも含まれる。
次のバスに乗車する部員なら他にも数名。
青葉にも声を掛けたのは律儀と云うより、一人で夜道を歩きたくないだけ。
か弱い女子でもあるまいに。
実のところ、白部は子供のように怖がりなのである。
「僕は大丈夫、すぐ追いつくから先に行ってて良いですよ。」
「ホラーなら死亡フラグだね、その台詞。」
青葉が軽く手を振った後の事。
静かに深い含みを持って、茶化す声が混ざる。
ふんわり柔らかい褐色の髪に、黒々と丸い大きな目。
臆病な肉食獣が渋い顔をする横、小動物のような彼は笑う。
白部と同じく三年生、庄子公晴だった。
可愛らしい外見と裏表なく砕けた性格。
先輩の威厳も何処へやら、部内ではマスコットとして親しまれている。
仕草も機敏なので舞台ではさぞ動ける役者かと思えば。
勿体ない話かもしれないが、公晴はずっと脚本担当だった。
文章を書くのが好きなのは結構。
しかし公晴の場合、一番の得意ジャンルが怪談なのだ。
故に、ちょっとした言動から惨劇を妄想してしまうのは癖らしい。
「いや、ちょっとね……電話するからですってば。」
冗談は軽くあしらうと青葉は携帯を取り出す。
笑ってみせても、物憂げな表情で。
鍵を閉めて、本日の演劇部活動はこれにて終了。
最後の挨拶を交わすと、皆それぞれ帰路へ。
「……もしもし?」
静まり返った体育館の前、青葉は一人きり。
囁き声が相手に届く。
携帯を当てて、しばらく話に耳を傾ける。
通話は呆気なほど短く済んだ。
少しばかり走れば、まだ白部達のバスに追い付く。
部活の間、ロッカーに置いておいた携帯。
幾つも履歴が残っていたので何となく内容の予測はついた。
そんな気がしていたのだ、前から。
着信は、高校で仲良くなった子からだった。
「付き合ってほしい」と、一息で青葉に伝える為。
断るのは、此方側としても気持ち良いものではないのに。
電話の相手は、演劇部での青葉の事をよく知っていた。
ドレスで着飾って指先までも艶やかに化けた舞台。
だからこそ、愛の言葉にこう付け加えられた。
「自分にとって青葉は女の子にしか思えない」と。
あの姿にだけ惹かれていたのだろう、"彼"は。
舞台から降りた青葉に目を向けず。
男子から告白を受けるのは初めてでなかった。
女装ばかりやっている所為か。
演じるのは楽しくとも、嬉しいとは思わないのに。
忠臣が好きなら、代わりの同性と試す事も考えなかった訳じゃない。
けれど誰にも触れず演劇に没頭していた。
好きでもない相手と付き合うなんて、あまりにも酷い行為。
此れ以上、自分が醜くなるなど青葉には耐えられない。
着信の通知があった時、忠臣からなら良かった。
そんな訳が無いのに。
劇のすぐ後、一本早いバスで彼女と帰って行った。
今頃は二人で楽しく過ごしている筈。
そうして置いてけぼりを食らいながら一年以上経つ。
もう一緒に帰る事も減ってしまった。
忠臣に彼女が出来たのはただの切っ掛けなのだろう。
元から"親友"と呼ぶ事すら違和感があったのだ。
別々の人間関係を築いて、距離が出来て、大人になる。
いつしかこんな感情も消えていく。
ああ、早く。
そうなればもう苦しまず済むのに。
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まだ暮れ時が早く冴えた四月の空。
かつての薄い青も、もうすぐ女王のドレスと同じ色になる。
いつだって舞台の上は別世界。
現実に戻って来た童話の住人達は、既にそれぞれ学生の顔。
青葉も魔法が解けるように変身。
冷酷なる女王から、グレーの野ウサギへ。
高校生になってもウサギの耳が生えたパーカーは健在。
お気に入りは変わらない。
ウサギがマークのブランドなので、似たデザインは量産されている。
それに獣なら、青葉が見下ろした先にも一匹。
天井付近の窓には手摺で囲まれた細い通路。
そこからすぐ下、部長の姿。
三年生の部長、白部星一は毛束が太めのミディアム。
跳ねた癖毛は肉食獣の耳にも似ていた。
アーモンド形の尖った目許をしている所為もあり。
このくらい遠目だと、「白雪姫」の森に棲む動物役にも見えた。
GWの舞台は二年生が主演。
今や部長の彼も、去年は「ピーターパン」でフック船長を演じ切った。
迫力ある高笑いに見事な散り際。
悪役の演技が上手いのですっかり専門になりつつある。
青葉が中学三年生の秋、下見で行った学園祭での劇も覚えていた。
あの時も白部は悪役だったか。
演劇部に興味を持った切っ掛けでもあった。
「あー……もう、腹減った……」
一声鳴いた後、持参のパンを齧り始める。
確かに食べ盛りと云えど、白部は特にすぐ腹が減るらしい。
気付くといつも何か口にしているのだ。
演劇部は文系に見えて意外と体育会系。
練習前に走り込みもするので、役者でなくとも身体を使うのだ。
ただでさえ遅い時間なので空腹も仕方あるまい。
練習後には差し入れがある事も時々。
「望月ー、もう体育館閉めるから早く降りて来い。」
戸締りの確認後、青葉を見上げながら白部が言う。
バス通学組はそろそろ帰り支度をしなくてはならない時間だ。
勿論、そこには二人とも含まれる。
次のバスに乗車する部員なら他にも数名。
青葉にも声を掛けたのは律儀と云うより、一人で夜道を歩きたくないだけ。
か弱い女子でもあるまいに。
実のところ、白部は子供のように怖がりなのである。
「僕は大丈夫、すぐ追いつくから先に行ってて良いですよ。」
「ホラーなら死亡フラグだね、その台詞。」
青葉が軽く手を振った後の事。
静かに深い含みを持って、茶化す声が混ざる。
ふんわり柔らかい褐色の髪に、黒々と丸い大きな目。
臆病な肉食獣が渋い顔をする横、小動物のような彼は笑う。
白部と同じく三年生、庄子公晴だった。
可愛らしい外見と裏表なく砕けた性格。
先輩の威厳も何処へやら、部内ではマスコットとして親しまれている。
仕草も機敏なので舞台ではさぞ動ける役者かと思えば。
勿体ない話かもしれないが、公晴はずっと脚本担当だった。
文章を書くのが好きなのは結構。
しかし公晴の場合、一番の得意ジャンルが怪談なのだ。
故に、ちょっとした言動から惨劇を妄想してしまうのは癖らしい。
「いや、ちょっとね……電話するからですってば。」
冗談は軽くあしらうと青葉は携帯を取り出す。
笑ってみせても、物憂げな表情で。
鍵を閉めて、本日の演劇部活動はこれにて終了。
最後の挨拶を交わすと、皆それぞれ帰路へ。
「……もしもし?」
静まり返った体育館の前、青葉は一人きり。
囁き声が相手に届く。
携帯を当てて、しばらく話に耳を傾ける。
通話は呆気なほど短く済んだ。
少しばかり走れば、まだ白部達のバスに追い付く。
部活の間、ロッカーに置いておいた携帯。
幾つも履歴が残っていたので何となく内容の予測はついた。
そんな気がしていたのだ、前から。
着信は、高校で仲良くなった子からだった。
「付き合ってほしい」と、一息で青葉に伝える為。
断るのは、此方側としても気持ち良いものではないのに。
電話の相手は、演劇部での青葉の事をよく知っていた。
ドレスで着飾って指先までも艶やかに化けた舞台。
だからこそ、愛の言葉にこう付け加えられた。
「自分にとって青葉は女の子にしか思えない」と。
あの姿にだけ惹かれていたのだろう、"彼"は。
舞台から降りた青葉に目を向けず。
男子から告白を受けるのは初めてでなかった。
女装ばかりやっている所為か。
演じるのは楽しくとも、嬉しいとは思わないのに。
忠臣が好きなら、代わりの同性と試す事も考えなかった訳じゃない。
けれど誰にも触れず演劇に没頭していた。
好きでもない相手と付き合うなんて、あまりにも酷い行為。
此れ以上、自分が醜くなるなど青葉には耐えられない。
着信の通知があった時、忠臣からなら良かった。
そんな訳が無いのに。
劇のすぐ後、一本早いバスで彼女と帰って行った。
今頃は二人で楽しく過ごしている筈。
そうして置いてけぼりを食らいながら一年以上経つ。
もう一緒に帰る事も減ってしまった。
忠臣に彼女が出来たのはただの切っ掛けなのだろう。
元から"親友"と呼ぶ事すら違和感があったのだ。
別々の人間関係を築いて、距離が出来て、大人になる。
いつしかこんな感情も消えていく。
ああ、早く。
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2016.10.10 ▲
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