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城を見つけたのは、入学してから一ヶ月足らずの頃だった。
神尾とこうした関係になったのも。
一ノ助は念願の水球部で忙しくなり、遼二もバイトを始めた。
部活で別々になるのは中学の頃と同じ。
とは云え、高校生になってから放課後は共に過ごす事が減った。
運動部とは何処の学校も厳しい。
水球部はほぼ毎日活動しているが、バイトは週三日だけ。
駅へ続くアーケード街はそれこそ寄り道天国。
ただ、一人では楽しさも半減してしまう。
遼二だって一人で行動するのが寂しいなんて訳ではない、別に。
感受性豊かで騒がしい一ノ助に慣れてしまった所為だ。
遊ぶにはどうも静かすぎる。
それなら、いっそ自由と静寂に浸るのも手。
最上階の四階は音楽室や視聴覚室、物置くらいしかあらず。
吹奏楽部や合唱部は無いので人も通らない。
そんな廊下、ちょうど影の濃い壁にドアノブが一つ。
「開かれない扉は存在していないのと同じ、その向こうの世界も」
此れは昔観たドラマの台詞。
好きな女優が口にしていたのでよく覚えていた。
誘われるように開いた、なんて云えば怪談の始まりに似ているか。
勿論、奇妙な現象など何も起こっちゃいないのだ。
音楽準備室は押し込められた楽器で一杯。
此処は単なる、オーケストラの寝床。
カーペットの床と、窓から差し込む午後の太陽。
暖かそうだったもので奥へ誘われた。
普通なら諦めて扉を閉じてしまうところだろうに。
楽器の隙間を縫えば、何とか身体が通る。
奏者が居ないオーケストラは恐ろしく静かだ。
どれも年代物のようで、碌に手入れもされていないらしい。
艶を失ったチェロに触れてみたら、指先に小さな痛み。
ささくれが食い込んで傷を作った。
人を寄せ付けない城の中、閉じ籠って夢を見る姫君。
ふと、いばら姫を思い出した。
眠くなってきたのは棘の所為ではないけれど。
甘噛みで抜き取った棘を吐くついで、血を舐める。
そうして顔を上げて、見つけたのが此の隠れ家だった。
日溜まりには小さなピアノと楽譜の棚が一つ。
とても居心地の良さそうな空間がぽかりと開いていた。
鞄を枕に寝そべってみたら最後。
あっと云う間に夢の中へ落ちたのは言うまでも無し。
こうして絶好の昼寝場に、遼二はよく入り浸るようになった。
数日のうちにはブランケットを持ち込んでいた始末。
部活をしていた生徒達に紛れて下校するので、誰も違和感は抱かない。
繊細そうに見えられがちでその実、太い神経を持つのが遼二である。
バイトを始めて少し疲れていた事もあってか。
高校の中でだらだらと気兼ねなく過ごせる場所が欲しかったのだ。
大人しく帰るより、誰の目も無いだけ呼吸が楽。
そして、あれは四月の終わり頃だったか。
此の日もブランケットに包まれて一眠りしていた。
あまりに気持ち良くて、温泉に浸かっていた夢を見た程。
しかしゆったり過ごしてはいるのだが、可笑しな事だらけだった。
湯の沸いている場所がスーパーの店内だったり、おでんの具も浮いていたり。
夢とは不条理なものと決まっているのだ。
故に、目が覚めた時も夢の続きかと思った。
有り得ない筈の光景。
秘密の城で眠っていた遼二の隣、誰かが居たなんて。
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神尾とこうした関係になったのも。
一ノ助は念願の水球部で忙しくなり、遼二もバイトを始めた。
部活で別々になるのは中学の頃と同じ。
とは云え、高校生になってから放課後は共に過ごす事が減った。
運動部とは何処の学校も厳しい。
水球部はほぼ毎日活動しているが、バイトは週三日だけ。
駅へ続くアーケード街はそれこそ寄り道天国。
ただ、一人では楽しさも半減してしまう。
遼二だって一人で行動するのが寂しいなんて訳ではない、別に。
感受性豊かで騒がしい一ノ助に慣れてしまった所為だ。
遊ぶにはどうも静かすぎる。
それなら、いっそ自由と静寂に浸るのも手。
最上階の四階は音楽室や視聴覚室、物置くらいしかあらず。
吹奏楽部や合唱部は無いので人も通らない。
そんな廊下、ちょうど影の濃い壁にドアノブが一つ。
「開かれない扉は存在していないのと同じ、その向こうの世界も」
此れは昔観たドラマの台詞。
好きな女優が口にしていたのでよく覚えていた。
誘われるように開いた、なんて云えば怪談の始まりに似ているか。
勿論、奇妙な現象など何も起こっちゃいないのだ。
音楽準備室は押し込められた楽器で一杯。
此処は単なる、オーケストラの寝床。
カーペットの床と、窓から差し込む午後の太陽。
暖かそうだったもので奥へ誘われた。
普通なら諦めて扉を閉じてしまうところだろうに。
楽器の隙間を縫えば、何とか身体が通る。
奏者が居ないオーケストラは恐ろしく静かだ。
どれも年代物のようで、碌に手入れもされていないらしい。
艶を失ったチェロに触れてみたら、指先に小さな痛み。
ささくれが食い込んで傷を作った。
人を寄せ付けない城の中、閉じ籠って夢を見る姫君。
ふと、いばら姫を思い出した。
眠くなってきたのは棘の所為ではないけれど。
甘噛みで抜き取った棘を吐くついで、血を舐める。
そうして顔を上げて、見つけたのが此の隠れ家だった。
日溜まりには小さなピアノと楽譜の棚が一つ。
とても居心地の良さそうな空間がぽかりと開いていた。
鞄を枕に寝そべってみたら最後。
あっと云う間に夢の中へ落ちたのは言うまでも無し。
こうして絶好の昼寝場に、遼二はよく入り浸るようになった。
数日のうちにはブランケットを持ち込んでいた始末。
部活をしていた生徒達に紛れて下校するので、誰も違和感は抱かない。
繊細そうに見えられがちでその実、太い神経を持つのが遼二である。
バイトを始めて少し疲れていた事もあってか。
高校の中でだらだらと気兼ねなく過ごせる場所が欲しかったのだ。
大人しく帰るより、誰の目も無いだけ呼吸が楽。
そして、あれは四月の終わり頃だったか。
此の日もブランケットに包まれて一眠りしていた。
あまりに気持ち良くて、温泉に浸かっていた夢を見た程。
しかしゆったり過ごしてはいるのだが、可笑しな事だらけだった。
湯の沸いている場所がスーパーの店内だったり、おでんの具も浮いていたり。
夢とは不条理なものと決まっているのだ。
故に、目が覚めた時も夢の続きかと思った。
有り得ない筈の光景。
秘密の城で眠っていた遼二の隣、誰かが居たなんて。
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2016.10.26 ▲
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