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林檎に牙を:全5種類
目を開けてから数秒、覚醒し始めた頭で遼二は考える。
驚くタイミングを逃したもので却って冷静。
輪郭線が不明瞭なままの世界では何も分かりはしない。
眼鏡を拾い、訝しむ目付きになる。

此れは、一体誰だ?


城の存在を知っていたのは遼二だけではなかったらしい。
握り拳一つ分の距離、隣に眠るのは男子生徒。
少なくともクラスでは見ない顔だ。
壁に凭れた姿はあまりに無防備で、何だか気が抜けてしまう。

くしゃくしゃと頭を撫で回されたように、無造作な癖っ毛。
手足の長さからして長身の少年だった。

同性に云うのは可笑しいかもしれないが、鼻筋の通った横顔が美しい。
瞼を閉じていると何処か人形じみて見える程。
ただ、口許だけが生きていた。
緩んだ顎で規則正しい呼吸を繰り返し、涎まで垂れる寸前。


膝にはノートのような本、傍らにリュック。
不用心にも開いたままなので中身が丸見えだった。
覗き込むまでもなく、同じく一年生の教科書が飛び出ている。

そこに記されていた「神尾承史」の名前。
声こそ上げなかったが、遼二には聞き覚えがあった。

ああ、お前の事だったのか。


遼二の故郷は山中にある温泉街。
中学で引っ越してからは、今の紅玉街に馴染んだ。
高校のある北紅街には縁もゆかりも無し。

故に最近まで知らなかったが、クラスメイトに耳打ちされた。
「神尾と云う名には気を付けるように」と。

地元の名士だったか、市長だったか。
人伝手なので詳しく知らないにしても「神尾」とはそんな家だと聞いた。
未だに田舎では珍しくない話である。

ともあれ校内では有名人らしい、色々な意味で。
別に権力を傘にした暴君とかではない。
そうでなくとも少し変わり者だそうで、噂には事欠かない。
交際関係なんかも格好のネタになってしまう。


若しかしなくとも、退散した方が良いのではないか。
触らぬ神に祟りなし。

ブランケットは棚の引き戸に放り込み、枕にしていた鞄を抱える。
神尾が起きたところで焦る必要は無いのだが。
何となく面倒臭い気がして。
もうじき部活動の生徒も帰宅する時間なので丁度良い。

音も立てずに抜けた、楽器の迷路。
そうしていつものように去ろうとした時だった。


「……また明日も居るからね、おれ。」

ドアノブを握った遼二の背中に呼び声一つ。
初めて、肩が跳ねた。

低くてゆっくりした音程からは感情が読み取れず。
振り返っても此処からは見えやしない。
返事なんて思い付く訳もなし。
あの声だけ置き去りに、無言のままで扉は閉じられた。




さて、明日は行くべきか行かざるべきか。

それは「来い」とも「来るな」とも受け取れた。
どうしろと云うのだろうか。
言葉の意味を考えながら、時間は刻々と過ぎて行く。


問題の放課後を迎えたのはあっという間だった。
遼二に答えが出ようと出まいと。

その日、バイトが無いのは良かったのか悪かったのか。
忙しかったら言い訳に出来たのに。
嘘も吐けるが、暇だからこそ却って悩んでしまうのだ。

面倒臭い事になるのは分かっているのに。

教室を出たら、昇降口へ向かう群れと反対に上の階段へ。
今日もまた城に足を運ぶ。
何をしに行くのかなんて訊かないでほしい。
そんなの遼二が知りたいくらいだ。



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2016.10.29